障害者バトル
2045年、少子高齢化により日本の社会保障制度は崩壊の危機に立たされていた。
政府の債務は不履行寸前となり、もはや年金の支給は不可能だ。
政府は老齢年金、障害年金、遺族年金のいずれかを削減することを考えた。
高齢者からの支持低下、ひとり親世帯からの批判を恐れた与党・賛成党は国会に「障害年金争奪法案」を提出した。
全国で最も多くの同情を集めた障害者をトーナメントで選び、優勝者には毎月100万円を支給し、敗退者への一切の社会保障を停止する、という法案。
非人道的な内容に批判が相次いだが、所詮マイノリティである障害者の声は届かず、法案は与党の賛成多数で可決された。
福井県福井市のある大学の体育館では、No.1障害者を決める障害者バトルの予選が行われていた。
吃音症と軽度の知的障害を抱え、障害者手帳3級を持つ清掃員の鈴木秀人は休憩中に体育館へと足を運んだ。
「ついに福井でもバトルが始まったのか。穀潰しどもの顔でも拝んでやるか。」
バトルの参加者は無職の障害者だ。
同じ障害者でも、鈴木のような雇用された障害者にとってこのバトルは娯楽でしかなかった。
「今日やってるのは1次予選か。」
観戦に来た学生達を押し退け、体育館の扉を覗き込む。普段は青春を謳歌する学生たちで爽やぐ体育館が、その日は陰湿な空気に満ちていた。
「福井D地区1次予選、はじめ」
アナウンスとともに、10組の障害者によるバトルが始まった。
鈴木は入り口付近の障害者に目をやった。一人はでっぷりと太った中年男性。車椅子に乗っている。
一人は帽子を深々とかぶり、マスクで顔をかくした老婆。うつむきながら椅子にこしかけている。
障害者バトルでは一対一での論戦によってより多くの同情を観客から集めた障害者が勝利となる。
最初に男性が口を開いた。
「私を見てください。病気で歩けないんです。車椅子ですよ!?どう考えても私の方が可哀想ですよね?」
老婆はうつむき黙っている。
続いて口を開いたのは、老婆の後ろに立つ若い女性。
障害者バトルでは会話が困難な場合、カウンセラーなどの専門家を弁護人につけることができる。
「私はソーシャルワーカーとしてこの方を5年間見てきました。この女性、児島さんは50年間病気の旦那さんを世話しながら繊維工場に勤めてきました。」
「しかし、7年前に旦那さんを失った児島さんはうつ病と診断され、2級の障害者と認定されました。児島さんは今まで懸命に働いて夫に尽くしてきたにも関わらず、障害者になり、このような理不尽な戦いを強いられているのです。」
「確かに体は不自由ではありません。しかし、彼女は今まで努力してきました!何十年も無職した挙げ句糖尿病になって歩けなくなったあなたとは違うんです!」
糖尿病、その一言で勝負は決まった。
「車椅子の方が可哀想だと思ったけど、糖尿病かぁ…」
「糖尿病は自己責任だよね。」
「おばあさんの方が可哀想だ!」
観客は老婆を選んだ。男性は市の職員に撤去されている。
「待ってくれ!俺にも事情があるんだ!糖尿病になったのも俺だけの責任じゃないんだよ…」
抵抗むなしく男性は引きずられていき、別室に姿を消した。
バトルに勝利した老婆は変わらずうつむいたまま、独り言のようにつぶやいた。
「…なんも嬉しくない…まさのりさんはどこや…」
老婆は腕を引かれながら次の対戦へ向かった。
「車椅子が負けるとはなあ。面白い戦いだったな。」
一戦を見終えた鈴木は仕事へと戻っていった。
清掃終了後、鈴木はまた体育館へと向かった。
「どんなやつが生き残ったんだろうな。」
体育館のステージの上では一筋の涙を垂らした若い女が、交際相手か保護者とみられる若い男に支えられながら表彰されていた。
「あれ、あの人確か…」
鈴木はその女に見覚えがあった。
「みさえだ!ticktockで見たことあるぞ!」
HDMIを抱えるみさえははticktockで活動する発達障害系インフルエンサーとして障害者界隈では有名だった、
「でも、なんでみさえが…手帳も持ってないんじゃ…」
壇上では審査員代表の大学教授の江端という高齢男性が講評を述べていた。
「えー、相手の男性の方は長年闘病を続けてきたということで、十分同情はあったのですがみさえさんの方がなんというか、表現力があるというか。そういうことでみさえさんを選ばせて頂きました。」
つまり、年老いた男よりも涙に暮れる若い女の方が観客の同情を誘ったから、ということであった。
「…結局見た目かよ。」
興ざめした鈴木は会場を去った。
鈴木は道具を片付けると、軽トラに相方の清掃員を乗せ、事業所へと向かった。
「どうだ鈴木さん、仕事にはもう慣れたか?」
シルバー人材センターから派遣された久野という男が声をかける。
(やばい…何か話さないと…)
「っお…っあああ…っうぉっうぉ…うお…お、お…お、お、おかげぇ…えっ…えさまで…なっ、なっ、なれて…」
「…………………………………………………」
「うっ、えっ、うぇっえっ、えとぅ…ひっさぁのさぁ、あっ、ん…わ…は…た、体育館のやつを、うぉっ、うぉっ、おっ……」
「…………………………………………………」
鈴木は諦めた。
沈黙の中、車は事業所に到着した。
事業所は街の中心部から少し離れた田園地帯に位置し、山を背に2階建ての事務所と倉庫が建っていた。
鈴木達が事務所に入ると、最初に壁に貼られた標語が目についた。
・障害は個性だ!
・障害を言い訳にするな!
・心まで障害者になるな!
その標語の真ん前の机では、中年を少し過ぎたくらいの眼鏡の男が背を曲げ、黙々と作業していた。
久野が机に紙を差し出す。
「入江さん、点検表のチェックをお願いします。」
事業所の責任者、市の元職員の入江は適当に丸を付けて帰す。
「…はい。」
久野は用紙を棚にしまうと、すぐに2階の更衣室へ向かった。
鈴木も帰りの支度をしようと階段の方に身体を向ける。すると、入江は先程とは一段大きな声を投げかけた。
「おい、鈴木。ちょっと退勤待ってくれ!」
「はい、なっ、なぁ、ぬあっ、…」
「この後残って○○小学校の草刈りもやっといてくれ。担当のやつらが忘れたみたいでさ。今日中に、頼むよ。」
「あ、どぅぇっ、でも…」
「一時間くらいで終わるから。やっとけよ。」
鈴木が声を返すのを待たずに、入江は事務所から出ていった。
鈴木は事業所の軽トラに乗り込んで地区内の小学校へと向かった。
夕方の6時過ぎ、敷地内に人の気配はなかった。
「草刈りって、ここか?」
鈴木は草刈り機を持ち出し、校庭に入った。フェイスガードを着けると、エンジンを付けて作業を始めた。
静まった校庭に轟音が響く。
作業を始めて30分ほど経った時、校舎から2人の人影が近づいてきた。
近くの人の気配に気づいた鈴木は停止ボタンを押し、シールドを外した。
「ちょっと!あなた学校の敷地で何やってるんですか!?」
中年の女性教師が詰め寄る。
もう一人のジャージ姿の男性教師が指を指す。
「何の用件で敷地にいるんだ?場合によっては警察に通報するぞ。」
鈴木は必死に弁解を試みる。
「えっ、えっ、えっ、と、わっ、わっ、私はふっ、福祉事業所の……うっ、すっ、すずぅきとゆう者で」
「なにこの人!?まともに喋れてないじゃない。やっぱり不審者ですよ!」
「ちっ、ちっ、ち、違うんです!わ、私はしょ、ぐわっ、が、がいしゃのし、し、せぇ…えっ、えつから来てて…」
「障害者?何でそんなのがうちに来るんだ?障害者だからって犯罪してもいいってのか?え?」
「はっ、犯罪なんか…やっ、やってませ…」
「ここにいると危険だ!戻りましょう。」
2人は鈴木を睨み付けながら校舎へと戻っていった。
「なんなんだよ今の…」
鈴木はとりあえず作業を再開した。
再び轟音が辺りを覆う。
その10分ほど後に、轟音を引き裂く甲高い音が鳴り響いてきた。
赤い光を転倒させながら学校に入ってきたのは2台のパトカーだった。
中年の警官2人が降りてきた。
「こんばんわー。お兄さんちょっと作業止めてもらえるかな。学校の方から不審な人物が校庭に侵入してるって通報が来ててね。」
「これ今何してるんだ?許可は取ってるか?」
鈴木は機械のエンジンを止め、どうにか声を捻りだそうした。
「ふっ、不審者!?ちぃっ、つっ、ちっ、ちょっと、まぁっ、まっ、まっ待って、くっ、くっ、ださい!きょっ、きょきょっかも、とっ…」
「どうした?話せない?」
「じゃあ、こっちで話聞くから。」
背の高い2人に挟まれた鈴木はなすすべなくパトカーに連れていかれた。
「大和田署、1人連行します。」
警官が伝えるとパトカーは鈴木を警察署へと連れていった。
連行の様子を教師たちが職員室の窓から覗いていた。
「変なのがいなくなってよかった…」
「でも、あの人事業所の人じゃないんですか?」
「うるさかったし良かったじゃないですか。事業所も障害者1つくらい気にしませんよ。」
「障害者はなにするか分からないからなぁ。」
鈴木を乗せた車両が警察署に到着し、鈴木は裏口から留置所に搬入された。
「とっ、とと取り調べ、しっ、いっ、いっないんですか?」
「明日なるまで待ってろや。あんた様子おかしいから自由にさせとけんのや。」
鈴木のいれられた房には他に2人の男がいた。
数分の沈黙ののち、浅黒い肌の彫りが深い男が口を開いた。
「アナタ、ニホンジンデスカ?」
「はっ、あっ、い。」
「ナンデココキタ?」
「しっ、し、っい、ごとしてたら、あっ、あっぱっパトカーが来て…なっ、なにも、もぉっ、してないのにつっ、つぅっうほうされて…」
「ボクモソトアルイテタラツウホウサレタノ。ネパールジンアヤシイオモワレタカモ。」
「おとなしくしていればすぐに出られますよ。」
もう一人の色黒の眼鏡の男が口を開いた。
「コノヒトモネガイジン。マレーシアノリュウガクキタ。」
「私は怪しい外人がいるって通報されました。これで3回目ですよ。僕らみたいな外国人やあなたみたいな変わった人がよく連れてこられるんです。」
「怪しいと思われただけで特になにもしてないんだから、明日には帰れますよ。」
「よっ、よかったです…」
時刻は21時、暖房もない部屋で体の末端が凍てついてきた。
鈴木は早く釈放されることを祈っていた。
今が何時なのか気になりはじめた頃に、廊下から足音が聞こえてきた。
「事業所の入江という人が面会に来た。心当たりのある者はいるか?」
鈴木は黙って、しかし目をかっ開いて手を挙げた。
「鈴木だな?着いてきなさい。」
迎えに来てくれた!鈴木はそう思った。
入江という男を初めて頼もしく感じた。
鈴木は玄関ホールへと運ばれた。
受付付近には貧乏ゆすりをしながら腕を組んでいる入江がいた。
「鈴木!なんてことしてんだ!うちの評判下げるような真似しやがってよぉ。」
入江は眼鏡を曇らせながら怒鳴り付けた。
「わっ、私は、たぁっ、ただ…」
「うるさいっ!作業する前に挨拶のひとつでもすればいいだろっ!」
「もっ、もっ、もうっし、わ、わけ…」
「もういい。明日から来るな。契約解除な。」
鈴木は釈放されたが職を失った。警察署前の駐車場で鈴木は立ち尽くした。
「またクビか…」
とぼやいた時、鈴木の肩を誰かがそっと叩いた。
振り返ると、そこにいたのは先ほどのネパール人だった。
「アナタデラレタノカ。ヨカッタネ。」
「あっ、あっ、あなたも、でっ、どぅぇっ、でっでられ、たっ、たっ、たん、で、ですね。」
「ボクノナカマムカエニキテクレタ。」
そのネパール人の後ろには5人の屈強な外人がいた。
「アナタスズキイウノ?ジギョウショノヒトイッテタ。ワタシクリスナ。」
「くっ、くぅっ、りぃぃ…スナさん。あっ、あっ、あなた、みっみっ、みっ、見てたん、で…で…ですか?」
「アナタサッキオコラレテタ。クビナッタノ?」
「はっ、はい…」
「アノメガネムカツクネ。アイツレイシストダ。」
「れっ、れっ、れい…しすっ、すっ、すと?」
「…アイツノクルママダアル?」
「えっ、えっと…あっ、あっ、あ…れです…」
入江の車を見たクリスナは後ろの男達に何かを伝えた。
「マタアオウ。」
そう言うとクリスナ達は駐車場へ姿を消した。
失職から1ヶ月がたとうとするころ、鈴木はいまだに職にありつけることができなかった。アルバイトの面接さえも落ち続けた。
事件のことで他の事業所にも受け入れを拒否された。
貯金も残り少ない。このままでは生活もままならない。
しかし、それ以上の問題があった。このままでは障害者バトルの参加要件を満たしてしまう。
鈴木は血眼になりながら履歴書を書いていた。
高卒、資格なし。当然、正社員など望めない。
しかし、鈴木にはまだ望みがあった。
ハローワークで派遣の原発作業員の仕事を紹介されていた。
ただでさえ人手不足の現場だ。学歴が無くても、面接がだめでも、ここならいける。
そう思って履歴書を書き終えたその時、郵便受けから音がした。
鈴木は血の気が引いた。
おそるおそる確認する。2通の手紙が入っていた。1つは、
【日本年金機構 バトル参加のご案内】
頭が真っ白になった。
鈴木には人権を失う覚悟はまだなかった。
もう履歴書を送る気も失せてしまった。
仰向けになり、鈴木はカビの生えた天井を見つめる。
「…おわった…。年金…病院…全部…」
2通目の手紙を見る。
【元障害年金対象者の方へ 安楽死のご案内】
「死んだ方がいいのか…?」
「もういっそ、会場で自殺でもしようかな…」
しかし、バトルに参加する権利があるからには生き残りたい。
鈴木は弁護人を探しはじめた。翌日、鈴木は市役所の相談室を訪れた。
「わっ、わたし、きっ、きつおぉ、んという、こっ、構音、しょっう、しょう、障害があっあっあって、はっ…話すのが…む…ぅむず、む、むずか、しいんです。」
「…鈴木さんは知的障害の3級でしたよね?その場合、意志疎通の問題はないということで、市役所から紹介することはできないんですよ。」
「っ、どぅっえっ、えっ、でも、こっこの…とっとと通り、はっ、はなせま…せっ、話せ…なあっい…んです。」
「しかし、吃音の診断は受けられていませんし…今の認定状況では不可能ですね。」
鈴木は吃音の診断を受けておらず、軽度知的障害での手帳しか持っていなかった。
吃音の専門医は数少なく、診断を受けて手帳を受けるのは至難である。
その後もさまざまな窓口を頼ろうとした。
しかし、鈴木に差し伸べられる手はなかった。 結局、何も打てる手は見つからず、バトル当日を迎えた。
鈴木は早朝、予選会場であるタニックスプラザに出頭した。
裏口の受付でジャージ姿の男性職員に入場券を渡す。
「福井市の追加予選の出場者だな。名前は?」
「…ぅっ、すぅっ、すっ、ずき…」
「何だよ。早く言えよ。」
「すっ、すずき…」
「何で言えないんだ?もしかして、お前なりすすましか!」
男性職員の声を聞いた他の職員も鈴木を睨み付けた。
鈴木は咄嗟に免許証を見せた。
「…確かに本人だな。」
「何で名前も言えないんだよ。面倒くさい…。」
カードを受け取った鈴木は所定の位置に腰掛け、対戦相手が来るのを待った。
数分後、鈴木の前に車椅子で何かが運ばれてきた。
水色の布に包まれた物体、それは初め大きめの枕のように見えた。
しかし、その上には顔がついていた。
「っ、いっ、入江さん!?」
「………」
その男は先週鈴木を解雇した入江その人だった。
しかし、手足はなく頭と胴体だけが残っていた。
車椅子を引くヘルパーらしき人が掲げるのは
【 身体障害者手帳
障害名
事故による四肢切断
障害等級 1級】
と書かれた手帳だった。
相手は1級の障害者となったかつての上司、入江だ。
入江は目尻を切り裂き、鈴木に声を投げつける。
「鈴木ぃぃぃ!!全部お前のせいだぁ!!!お前が面倒ごと起こしたせいで、俺は、俺はぁぁ!」
「っうぃっ、いっ、いっ、入江さん、どぅっ、どっ、どっどうして…。」
「あの日警察署から戻る時になぁ、車のエンジンが爆発して手足吹き飛んじまったんだよ!!よく俺に顔見せできたなぁ!?お前今日は覚悟しとけよ?」
試合開始の時刻、審判のアナウンスとともに鈴木と入江の試合が始まった。
開始直後、両者とも口を開かず区画は静まり返っていた。
ぼそぼそと話す観客の声が目立つ。
「ここの試合どうだ?」
「身体の1級、弁護人付きと軽度の知能で3級、弁護人無しだ。芋虫の方が勝つに決まってるだろ。」
「そうか、じゃあ全額芋虫に賭けるぞ。」
大会が始まってから数ヶ月がたち、観客には賭博を楽しむものもいた。
彼らにとって、入江の勝利は揺るぎないものだった。
入江の弁護人が口を開いた。
「この方は1ヶ月前に爆発事故で両手両足を失い、介助なしではとても生きられない状態です。みなさん、どちらが支援が必要に見えますか?明らかに入江さんですよね?」
弁護人には鈴木を指差す、
「この人には手も足もあります。身体には何一つ不自由がないでしょう。同情する点など1つもありません!」
このままでは、負ける。鈴木は意を決して主張を試みた。
「わっ、わっ、わったし、だっ、だっ、て、ふっ、ふっふっふっ不自由です!みっ、みぃってっ、てっ、てって、くっくっ、ださい!こっ、こっ、こっこのっ!はっ、はぁっなっなし方を!」
鈴木は必死に声をせり出した。しばしの沈黙の後、観客席から「クスッ」と音がした。
1人の観客が吹き出した。
すると、周りの観客からも黄色い声が沸き上がりはじめた。
鈴木には何が面白くて笑うのか分からなかったが、健常者は決まってどもりを見るとおかしくなる。
この時、鈴木の頭に「勝てる方法」がよぎった。
一か八か、再びせき止められた声を引きずり出した。
「みっ、み、みっ、み!み!みなさん!みっ、みっ、みっ、み!み!み!み!み!みっみっみっ見てください。こっ、こっこっこっこっこっこの、この!この!話し、話し、はっははっはっ、はな、話しぃ、い、い、方を!」
鈴木は吃りを誇張し始めた。
「何回「み」って言うんだよwセミかよw」
「「こっ」て言い過ぎwニワトリじゃんw」
「スタッカートかかってるねw」
観客のウケがいい。
「ほっ、ほうっ、ほっ、ほっほっほ、ほら!どっ、どぅっ、どうっ!どっ、どっどっどどどどどど、どっちが!おっ、おっおっおっおっ!おも、面白いですか!?おっおっおっおっおぅっおおおお!も!しっしっしろ!いっい!方に!入れて!く!だ!さい!」
鈴木は全ての息を使い果たし、喉が裂けるのを感じながら椅子に座り込む。
鈴木のいる区画だけが特異な熱気に包まれていた。
入江と弁護人は呆然と立ち尽くしていた。
ブザーが鳴り、試合終了の声が響く。
観客の圧倒的な支持を得て勝利したのは鈴木だった。
弁護人はそそくさと会場から立ち去り、
入江は何か叫びながら抵抗したが、手も足も出ず、職員たちに運び去られた。
鈴木は観客の投票の基準を「同情」から「笑い」にすり替えることに成功したのだ。
その後、鈴木は市の予選を勝ち上がり、県大会の決勝に進出した。
鈴木は朝一番に会場に乗り込み、対戦相手の到着を待った。
開始時刻が近づくが、観客の数はいつもより少なかった。
静まり返った会場。観客の声が耳に入る。
「吃りの相手はダウン症でしょ?さすがに重度の知的障害には勝てないよ。」
「勝負はついてるようなもんだよな。俺ももう帰ろうかなー。」
(相手はダウン症か…でもやることは変わらない…)
鈴木は冷静さを保とうとした。定刻になったその時、会場に元気の大きな声が響いた。
「おにいちゃあああああん!」
「えっえ!?お前は…直緒か!?」
相手は鈴木の妹、ダウン症を抱えていた。
「なおちゃん!なおちゃん!」
ダウン症は自分を指差してうれしそうに声を上げる。
「………」
鈴木は困惑し、罪悪感、嫌悪感を感じていた。
ダウン症の後ろには年老いた女性が立っていた。
「秀人!あんたもいたんか!」
「あんたお兄ちゃんやろ、勝たせてあげなや!だいたいあんたお父さんの世話も妹の世話も投げ出してよう顔見せできるなぁ!?」
(もうやめてくれ…)
母親、妹との再開により鈴木はバトルの前から気力を失っていた。
(帰りたい…)
「試合開始!」
審判の合図でバトルが始まった。先手を打ったのはダウン症だ。
「わあもぉ!わあもぉ!どぅかでどぅあふか?」
静まり返る会場で何かを熱弁するダウン症本人に代わり、母親が弁護人として主張を始めた。
「この子わね、私たち家族の神様なんです!私たち家族にとってなくてはならないんです!この子がどうして支援なしに生けていけますか!?こんな自分の家族を見捨てた中途半端な障害者の男よりもこの子の方が生きている価値があるんです!」
鈴木は何も言える気がしなかった。しかし、母親が喚くのを聞いていると、何かふつふつと沸き上がるものがあった。
「うるさい…」
「はあっ!?」
「うるさいんじゃお前ら!家族家族って、いつも直緒が中心じゃないか!俺に負担ばかり押し付けやがって!俺の障害に少しでも向き合ったことあったか!?その涎まみれの汚い面思い出したくもないんだよ!」
気づくと、鈴木は母親につかみかかろうとしていた。
審判が叫ぶ、
「やめなさい!暴力行為をすれば即失格にします!」
鈴木が母親の顔をひったたこうとしたその時、会場に大音量の音楽が鳴り響いた。
音はダウン症から発していた。
「すとぬり!ね、すとねり!」
ダウン症はスマホの動画を流していた。母親に嬉しそうに画面を見せている。
審判が叫ぶ、
「通勤機器の持ち込みにより、失格!鈴木さんの勝利!」
その後、母親は奇声をあげ、鈴木を罵りながらダウン症に平手打ちを加えていた。
母親は職員に押さえられて撤去されていった。
ダウン症も母親のあとを追って退場していった。
鈴木はただ唖然とした。
その後、鈴木は北信越大会を優勝し、ついに全国大会に進出した。
この頃にはネットを通じて全国的に鈴木の名が広がり、「最強障害者」として、優勝を有力視されていた。
夏、都内某所、全国大会準々決勝。
鈴木は中度知的障害のブロガーの男性と戦った。
試合が全国中継される中、鈴木はいつもの吃りによって観客、ファンからの歓声を受けていた。
ネット投票でも鈴木は圧倒的な差をつけていた。
鈴木の勝利は確実だった。
試合時間が終わる直前、対戦相手のブロガーが叫んだ。
「ちょっと喋りが面白いからってよぉ!?なんんでお前がよくて俺がだめなんだよ!ブログだけじゃ食っていけねぇンだよ!?」
鈴木が残りどもる。
「おっ、おっ、おっ、落ち、つ、つ、着いてく、ください!」
観客が野次る。
「鈴木も落ち着けよwww」
会場が笑い声に包まれた時、対戦相手の男は鞄の中から何かを取り出した。
観客に手を振る鈴木の背後に近づく。
鈴木が振り返ろうとした瞬間、背中に衝撃が走った。
「っ…!?うっ…!」
鈴木の背中には包丁が突き刺さっていた。
刀身は完全に体に入り込んでいた。
鈴木は倒れこむ。
男はその場で取り押さえられ、鈴木は担架に乗せられる。
その時、鈴木は生き返ったように体を上げ、叫んだ。
「なんじゃこりゃあああ!?」
鈴木秀人がその人生で唯一、吃らずに声を出した瞬間だった。
鈴木は再び倒れ、2度と目を覚ますことはなかった。
事件は中継を通じて日本全国に衝撃を与えた。
事件に影響された障害者たちは全国で暴動を起こし、ついに首相官邸、国会が陥落した。
賛成党の紙谷総兵代表は退陣し、障害者に担がれた野党の活動家、山崎太郎が政権を握った。
山崎太郎政権は障害者の支持のもと、健常者の弾圧を開始。
健常者側は市民党の低市早奈恵を担いだ政権を樹立し、障害者と健常者の内戦が始まった…




