きさらぎ駅、大爆破
「きさらぎ駅」が発見されて久しい。
いわゆる異界へと繋がる特異点のことだ。駅という交通の要所、それは別の世界同士をつなぐ、ひとつの交差点であり――その世界の一つに「異世界」が含まれていたとしても、何ら不思議なことではなかったのだ。
そんな「きさらぎ駅」を爆破するという物騒な予告状が届いたのは、ある年の暮れのことだった。年末年始に異世界へ赴いて、観光する人の姿も多くなった矢先のことだった。
「これはいったいどうしたことだろう」と、予告状を受け取った駅員のGは首をかしげていた。〈異界交通〉と呼ばれるようになった時空ネットワークを管理する、元は異世界側の存在だった。
「で、予告状にはなんと?」
駅長のZが顔をしかめて言った。人間の世界ではこれまでにも数多くの場所がテロの標的になっていたことを知っていたためだった。記憶に蘇るのは二十一世紀初頭のことだった。誰もが覚えているあの大惨事――二つの巨塔に翼竜のような飛翔体が突っ込んだ。崩壊してゆく双子の塔。思えば、そうした世界を破壊する行為が、これまで「こちら側」に及ばなかったのは僥倖だったのだろう。
「『きさらぎ駅』を通過する列車の速度が、時速八〇キロを下回ったら、駅ごと爆破すると……そう書かれています」
「それではこの駅は機能しないことになるぞ。どんな列車が停車しても、ここは爆破されることになってしまう。やるべきは爆発物の特定、そして除去だ。いいや違う。まずは〈異界交通〉全網に通達だ。当駅への停車を当面の間見合わせ、必ず八〇キロ以上の速度で通過すること――」
その指示は瞬く間に広がった。
『きらさぎ駅』が結ぶ異世界は多岐にわたる。
それぞれが都市伝説の中だけの存在だったゾーンの出発点となっていたためである。「駅」とは、それそのものが異世界同士を繋ぐ時空移動装置だったのだ。通過する列車とは、そのことを人間の感覚でも理解できるよう、可視化しただけのものに過ぎない。
「駅長、『杉沢村』から帰ろうとしている観光客からクレームが来てます!」
「こっちは『犬鳴村』帰りの客が……」
「『オソロシドコロ』から戻れないといった苦情も来ていますね。下手に現世に出現させたら……たちまちドカンですよ。何せ向こう側の路線とは、時速八〇キロなんかで走る列車のものではないのですから……」
と、そんな具合で大混乱が生じたのである。
これから異界へ赴こうという客たちへの、払い戻しも莫大な金額になった。
そう、今や「きさらぎ駅」を維持しているのは、そういった観光資源に他ならなかったためである。
「まもなく『死神病院』行きの列車が通過します。時速は九〇キロ……このまま維持してくれれば問題はありませんが……」
とはいうものの、かれらにとって時速八〇キロとは、あくまでも人間世界側の換算でしかない。過ぎ去ってゆくのは光陰であり、その速度を数値化することなどできなかったからだ。
「爆発物はまだ見つからんのか!」
「処理班の到着は……ああ、列車が停まれないから、来るはずもないのか」
「何を馬鹿なことを言っとるか!」
駅舎は各異世界帰りの客たちでひしめき合っている。パニックに発展しかねない有様だった。こんな状態で駅が爆破されたならば、いったいどれほどの人的被害が出るというのか。駅長のZも、駅員Gにとっても、それは同じ思いだった。
「爆発物……仕掛けられているのは本当に爆弾なのか……?」
果たして駅舎のどこを探しても、そのような物品は見つからなかった。ただの愉快犯の仕業では――という声もあるにはあったが……万一のことを考えれば、その声を鵜呑みにするわけにはいかなかったのだ。
「異界を観光地化なんかするからこういうことになるのだ」
「ごもっともです、駅長。かつては恐怖の村として恐れられた『杉沢村』も、今や格好のデートスポットですからね。鳥居の下で髑髏岩と写真とったり、血まみれの村人と握手――なんて馬鹿げた催事が……」
「人が、未知の領域を恐怖する心を忘れたお終いだよ。今回の爆破予告とは、そういう民衆への見せしめなのだろう……」
駅長Zは、そう言って深くため息をついた。
と――
解決策が提案されたのは、それからほどなくしてのことだった。
「『きさらぎ駅』の出現する時代を変えてしまうというのはどうでしょう? 確かに、いまの当駅は現代日本に接続中です。が、そうですね――時代を八〇年ぐらい遡って、どこか人のいない山奥にでも出現させられれば、あるいは……」
「うむ、それは名案かもしれんな。そもそも『通過する列車』があるから、この脅迫は有効と言える。そんなものが存在しない場所、時代に当駅を出現させるのだ。時代設定は……そう、一九五〇年ぐらいでいいのではないか。場所はだな……」
◇
一九五〇年二月十三日、北米はアラスカ州から離陸したアメリカ空軍の重爆撃機B-36機内は大パニックに陥っていた。
機体トラブルで、操縦が効かなくなったのである。
ぐんぐん失速し、落下してゆく先にはカナダが誇る巨峰があった。おそらく人は住んでいないはずです。墜落しても人的被害は出ないはず――と乗員の一人が機長に告げた。「了解した。それでは、総員脱出せよ。あれについては空中投棄とする」――それが機長の決断だった。
相次いでパラシュートで脱出した乗員たちが見たものは、奇妙な光景だった。
「ありゃあなんだ? 山の中に……駅舎か?」
その後のことはよく知られていない。
ただひとつ、B-36が搭載していた「原子爆弾マーク4」が、機長判断で空中投棄されたことは確かな記録として残っている。だが、その行方はいまに至るも判明していない――。




