第26話 ドア連結隣室地獄案件
……と、ジェラルドが叫ばなかったのは、まあ、お察しの通りである。
彼は、冷静で優秀、物憂げにさえ見える冷たい美貌の持ち主で、平民女子に大人気キャラである。
その心に突然芽生えた、熱い情熱。と、計算。
隣室。秘密の扉。
ドアを開ければ、いつでも侵入可能。
枕に広がる金髪や、無邪気な寝顔。
彼は、あわてず騒がず、堂々と家具の配置を指示した。
かたわらでは心配性の執事が、執事に許される範囲で眉間にしわを寄せている。
「なんでもピーターソンとか言う、ダンスを申し込もうとしたりお嬢様に石を投げたりする人物が学校内にいるようですが」
「まるで子どものような真似ですね。何がしたいんでしょうか」
ジェラルドは極めて冷静に答えた。
「一度、叩きのめしたことがありますが」
「それは頼もしゅうございます」
思わず頬が緩みそうになるのをこらえた。
その後、ジェラルドは、教室へ猛ダッシュした。遅刻しないためじゃない。足が床につかないもので、もう走るっきゃなかったのだ。
ジェラルドは、上機嫌の上を行く、まさに浮かれまくったアホ状態だった。
しかし、現実はなかなか厳しかった。
「婚約者?」
せっかくお世話しようと馳せ参じたのに、アーネストの目はとても冷たかった。
「いや、私は了承していない。親が決めたことです」
まるで氷のような返事。心折れるとは、まさにこのことである……
「婚約とは、家同士の契約で、決して蔑ろにして良いものではない」
ジェラルドは一瞬で立ち直って、説教モードに入った。
「貴族の結婚とはそう言うものだ。家同士を繋ぎ、領民と領地の安寧と、家系を連綿と保つために必要なことだ。領民の不幸を願うのか?」
我ながらみごとな屁理屈!
「別に私でなくても良いでしょう」
アーネスト、無駄に頭がいいから困るなー。どうして、そういうところをピンポイントで突いてくるかなー。
「我々の親が決めたことだ。言う相手を間違えている」
ジェラルドが応酬した。
「親から返事がないので、困っているんですよ」
アーネストが途方に暮れたように言った。ジェラルドはここで全身全霊、渾身の一言を放った。
「アーネスト、婚約者は私だ」
ジェラルドは、いかにも気の毒そうにうなずいた。
「申し訳ないと思っている」
違ーう!
「今、全力でダグラス公爵家には私の意向を伝えている。ジェラルドをくびきから解き放ってくれと」
解き放ってくれなくていいから!
「せっかく公爵家とご縁が出来たと言うのに、このチャンスを逃すわけにはいかない」
ジェラルドはしばし考えた挙句、またもや屁理屈を放った。なんで、好きだってわかってくれないの。
ジェラルドの言葉に、アーネストは目を見張った。
「ジェラルドがそんな考え方の人間だとは思わなかった。もっと、自分の気持ちに率直な人間だと思っていたよ」
むちゃくちゃ自分の気持ちに素直な人間だよ! 素直過ぎて小細工を弄し過ぎて、自分下げしてどうする、俺。嫌われたらどうしよう。俺のバカ。




