第20話 婚約者から贈るドレスの効用
「あのアーネスティン様が、おとなしくドレスを着るでしょうか」
公爵家を訪問し、用件を伝えると、例の執事が心許なげに言った。
「婚約者からプレゼントされたドレスを着るのは、世間の常識と風習と伝統に則った、由緒正しい行動です」
ジェラルドは力説した。
「その日ばかりは、私の婚約者として登場していただきます」
「はあ。何のために?」
執事が尋ねた。執事のくせに察しの悪いヤツである。
「学校及び世間に、私には立派な婚約者がいると理解していただくために」
ジェラルドは答えた。
「そうすれば、私が男色家だとか、アーネストが男色家だとか言う噂は消えて、ただの友人になれます」
ジェラルドはさらに演説した。何があっても認めさせてやる。
「学外に婚約者がいるのです。アーネストの存在は別人になります。結婚もしやすいし、公爵令嬢が男子校に通っていたなどと言う噂は出なくなる」
「でも、騎士学校は、一応、男女共学なんでございます」
公爵家の執事が言った。ジェラルドは目を見開いた。そうだったの?
「ここ十年以上、女性の入学希望者がいなかったので、男子校だと思われていますが。まさか、そうやすやすと男子校に女性の入学が許可されるわけがありませんよ」
「共学だったんですか?」
にわかには信じがたい。でも、事実だろう。一応、共学だったので、たいした問題にならなかったのか。
「でも、実態として同じでございましょう。男子校に入学した女性と思われても仕方ない。公爵夫妻もお困りでしたが、アーネスティン様の才能はすばらしいからと」
すばらしい……。そうだろうか。
だって、この前、アーネストに、新型大砲が導入されれば、抑止力になって戦争が起きなくなる。平和が一番だと考えているんだねと賞賛したら、アーネストのやつは、出来るだけ少ない労力で出来るだけ大きな殺傷能力を持たすことが目標であると、すらすらと答えたのである。
「とりあえず、ドレスアップの為に、侍女長をお借りします」
炯眼のジェラルドは、彼のドレスを贈りたいと言う演説を聞いて、部屋の隅でこっそりエプロンで涙を拭いて、ウンウンとうなずいている、侍女を発見したのである。
アーネストが言っていた侍女長はこの人物に違いない。
『小さい頃からずっと親身になって面倒を見てくれていたが、武具や重火器に理解がないのが困りもの』
と、言っていた。どこぞの令息のセリフなら、誰からでも同意を得られるセリフだが、公爵家令嬢の発言では、侍女側に同情票が集まるだろう。
「婚約者様、ありがとうございます」
老侍女は、涙ながらにジェラルドに深々と頭を下げた。
要するに、俺は、アーネスティン様を令嬢らしい正規ルートへ正しく導いてくれる救世主みたいなモノか。
ドレスの箱が届いた日、ジェラルドは偶然を装って、居合わせることにした。
箱は運び込まれたが、アーネストは案の定、開封しなかった。
「婚約者からだろう。ダンスパーティに出ないと、嫌われるぞ」
ジェラルドは注意したが、アーネストは本気で面倒くさそうだった。
「ダンスパーティの日には開けるから」
「とりあえず着てみろ。サイズ合わなかったら困るだろ」
「大丈夫。サイズ合わなかったら、行かないで済むから」
聞き捨てならぬ。
「世の中、そんなわけには行かないんだよ。物を買ったらお金を払うだろ?契約したら、実行しないといけない。婚約もそういうものだ。法律で決まっている」
アーネストは警戒したような表情で尋ねた。
「結婚すると、どうなるかな?」
「そりゃ相手によると思うよ?」
「普通、夫ってどんな感じかな?」
それ聞く? 喉までモノが詰まったような気がしたが、ジェラルドはグイッと飲み込んで、極めて正確な回答を告げた。
「俺みたいな感じだと思う」
そう。君にとって、夫は俺一人だから。
ジェラルド、キモい




