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僧侶はあなたが好きすぎて現世へ帰したくないようです




りー、りー、りー、りー(虫の音色)



……あの、勇者様。


テントの中に、入ってもよろしいでしょうか?いえ、用というわけではありません。ただ少し、話が……したいのです。


……ありがとうございます。それでは、失礼いたします。


こんばんは、勇者様。こんな夜分に訪ねてしまって、申し訳ありません。


あの、差し支えなければ、お隣に腰を下ろしてもよろしいですか?


ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。


…………。


んんっ(咳払い)。


…………。


……長かった、ですね。


勇者様がこっちの世界に召喚されたのは……いつでしたっけ?五年前?ああ、もうそんなに経つのですね。


あなたがこちらの世界へ転移された時のことが、まるで昨日のことのように、この目蓋の裏が覚えています。


あの時、あなたは向こうの世界の衣服を召しておられましたね。確か、スーツ?とかいう衣服でございました。


突然異国に転移されて、しかも勇者様としての命を受けられて、本当に大変だったことでしょう。


この国の人々を代表して、改めてお礼申し上げます。


どうでしたか?勇者様。この五年間の旅路は。


楽しかった……ですか。ふふふ、さすがですね。


私ですか?私は楽しかったなんてとても言えませんよ。怖いことばっかりで、いつも生きた心地がしませんでしたから。


100人のドワーフたちに囲まれたり、巨人族の巣に迷い込んでしまったり。


ふふふ、そんな体験ばかりしたせいか、私も泣き虫だけは治りましたよ。


あ、そうだ、ドラゴンの尻尾をうっかり踏んで、眠りから覚ましてしまったこともありましたね。


ええ、そうそう。あの時はみんな慌てて逃げましたね。いつもは冷静沈着な女戦士様も、あの時ばかりは悲鳴を上げていらっしゃって。


ふふふ、そうですね。ドラゴンよりも女戦士様の悲鳴の方が驚きましたね。


あの時のことは、すごくよく覚えています。足をくじいてしまった私を、勇者様が背負ってくださいましたね。


…………ああ、本当ですね。確かにこうして思い返すと、勇者様が楽しかったとおっしゃられる意味が、なんとなく分かるかも知れません。


夜になったら、みんなで一緒に星を眺めましたね。そして、勇者様の祖国である「ニホン」という国の話を、私たちに聞かせてくれましたね。


ニホンには馬車がなくて、代わりにジドウシャという乗り物があるんですよね。


旅の途中で手に入ったお酒を、みんなで酌み交わしながら、たくさんあなたの話を聞かせてもらいました。


ああ、目を閉じれば、すぐそこに、勇者様たちとの思い出が溢れてきます。


溢れて。


溢れて……。


…………。


……ぐすっ。


う、うう。


ううう。


ごめん、なさい。


泣き虫、治ってなかったです……。


…………。


……勇者様。


もっと、もっとあなたと一緒にいたい。


ずっとそばに居て欲しいです。


ええ、分かってます。それが叶わない夢であることは、痛いほど分かっています。


明日になったら、また転移の義を行って、あなたをニホンへ帰さなきゃいけない。


そうしないと、あなたは死んでしまうのですから。


転移の義は、目的を達成したら、次の日までに元の世界へ帰さねばならない。そうしないと、その者の体が朽ち果ててしまう……。とても無慈悲で、寂しい魔法です。


ああ、嫌、嫌。勇者様には、ずっとずっと、こちらの世界に居て欲しい。


また一緒に、星を見たいです。また一緒に、冒険をしたいです。


もっとあなたの話が聴きたいし、私の話も、聴いて欲しい。


わがままなのは分かってます。でも、でも……。


ううう……。


…………。


……すみません、取り乱してしまって。


はあ……。泣かないようにしなきゃって、そう意気込んでたのにな。


…………。


ふふふ、ありがとうございます。背中を、擦ってくださって。


ああ、あなたはやっぱり、お優しいですね。


あなたに会えて、本当によかった。心から、そう思います。


…………。






ちゅん、ちゅんちゅん(小鳥の声)


ではこれより、転移の義を始めます。


勇者様を、祖国「ニホン」へと転移いたします。


バルドラ ダムアス ヒーナベル


……さあ、勇者様。準備が整いました。目を閉じてください。


次に目を開けた時、あなたはもうニホンにいます。


あなたは寝室のベッドに横たわっていて、部屋の天井がすぐ目に入ってくることでしょう。


……勇者様。


今まで、本当に、本当に、ありがとうございました。


あなたのことは、一生忘れません。


これから夜空を見上げる度に、あなたのことを思い出します。眩しく輝く星々のどれかに、きっとあなたの祖国があるはずですから。


あなたも、どうかそちらの世界で、星を見上げてください。


転移の義の影響で、こちらの世界の記憶が薄れてしまうかも知れません。でも、どうか、どうか星を見上げることは忘れないでください。


そこに、私はいます。


遠く離れていても、ずっと、ずっと、私はあなたのそばにいます。


私のことは、忘れてしまっても構いません。でも、あなたを愛する者が、星の向こうにいることだけは、忘れないでください。


さようなら、勇者様。


どうか、お元気で。









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