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星々と月と一羽の夜鳥の唄(前編)

 その鳥は日の光の中では目が見えなかった。


 たがら夜に星々と月の間を飛んで、その煌めきの雫を飲んで生きていた。


 鳥は自分と同じ鳥を一羽も知らず、また地上のどの生き物もその鳥が一体なにものなのか判らなかった。


 一度だけ、余程空腹な梟が、その鳥を鋭い爪で捕らえ、嘴で細かくした肉片を呑み込んだ事があった。


 ところが、梟の腹は全く満たされず、忌々しさと気味の悪さばかりが口中に広がり、得心いかなかった梟が、自分が先ほど鳥を捕らえた筈の木の枝を恨みがましくじっとりと見遣ると……、其処には、ぶるぶると震えているあの鳥が、梟が先ほど嘴で裂いた筈の肉も骨も、むしりとった黒い羽根も、元の通りにすっかり戻って、恐ろしげに自分を見詰めているのを見付けたのだった。


 梟は戦慄した。


 そんな出来事があって以来、どの餓えた生き物もその鳥を喰らおうとはしなくなった。


 月も星々も影を差さない真の暗さの中では、鳥はじっと眼を澄ませて虚空へ唄った。


『誰か誰か、私を知りませんか。貴方彼方、私と同じ唄を聞きませんか。ーー……わたしはもう、ずっと独りです……ーー』


 嵐の晩も、その唄は風と雨と雷鳴とが猛々しく鳴る、物凄い中を透り抜けて響き、聴こえてくるのだった。


 どんなに空腹でも、鳥はその唄を百年間も唄い続けた。


 そして朝が鳥の目を奪うと、鳥は沈黙して翼をたたみ、百年拠り所としてきた木の洞の中へその姿をおさめ、眠るのだった。


 鳥がなにものなのかを除いては、この事は、夜に棲まう生き物全てが了承済みの事であった。




 或る夜ーーうんと星々が姿多く現れ、月が白金色をして輝いた晩のことーー、鳥は目覚めると、己の足に当たる、小さな、全く完全な形をした丸い珠を巣の中に認めた。


 鳥は歓喜した。


 これが、この珠が、百年唄い続けてきた、自分の唄と同じ唄をうたうものの生命の原型であることは、疑う謂われも無かったからである。


ーーそれからの鳥は、忙しかった。


 用心深く、自らに授けられた珠の世話をしてやったのだった。


 月と星々の間を飛ぶ時も、一口自分の喉の渇きを潤すだけで直ぐに珠のもとへ引き返し、しかも毎晩さいしょに羽根に含んだ

月と星々の煌めきの雫の一滴はそっとその珠の上へと落としてやった。


 鳥はいつ、珠が新しい生命の形を獲るのか検討もつかなかったが、その珠が『生きている』という事だけは確かな事だと判っていた。

 鳥が夜の空から帰ってきて雫を珠へ落とすと、珠は柔らかく点ったし、羽の下に抱けば仄かなあたたかさを感じられた。


 そして真っ暗な静かな闇夜には、とうかすると珠から鼓動するような音さえ聴こえてくる事もあったのだった。


 鳥は、その珠を真実大事にした。

 早くその珠から生まれる姿に出合いたかったし、声を聞きたかった。


ーー……そして、同じ唄を二羽で唄うことを夢想した……ーー




 珠が鳥の下へ現れてから、百二十日が経った。


 鳥は、段々と不安に思うようになっていった。


 珠は相変わらず生きている証を示しはするが、一方で一向にその殻を破ってなにものかが出てこようとする、といった気配は見せなかったからだ。


 或る夜、そう、丁度鳥がその珠の存在を認めたのと同じ時のようにーーうんと星々が姿多く現れ、月が白金色をして輝いた晩のことーー鳥は、己の巣に在る珠に雫を落としてやった後、いつもよりも高く高く飛んで、星々と月に、己の下に在る珠のことを、勇気を出して訊ねた。


「目映いお星さま方、お月様。いつも私に煌めきの雫を下すって、有り難う御座います。……実は、お訊ねしたい事があるのです。私の下に、大切な生命の素が在るのですーーずっと、眠ったままでおります、もう百二十日の間も。……その生命は起きる様子をみせないのです。私はーー、何か、あの生命に非道い事をしてしまったのでしょうか。あの生命の為に、私が出来ることは、無いのでしょうか。ーー……あの生命が目覚める為だったら、私はもう、何でも致します……ーー」


 星々と月とは、息を呑んでこの鳥の声を静かに聴いていた。


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