表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
6章『邂逅』
96/153

【Scene06:意志】


“牙の心臓”──指令室《Grave Room》。


壁一面のモニターが低く唸り、冷白色の光が鉄のテーブルを磨くように撫でていた。

書き出されたログは山と積まれているのに、視線は誰ひとり落とさない。

ここにあるのは命令ではない。選択の重みだけだ。


そこに立つのは、ボス。

そして、ウィステリアとクロノ。


ウィステリアが一歩、前へ出た。踵が床を鳴らす音が、室内の唯一の鼓動になった。


「……行かせてください」


珍しく、丁寧な言い方だった。声は静かだが、刃の芯はもう揺れない。


ボスは黙ってその目を受け止める。


「縁は、私が終わらせる。……今度こそ、自分の手で」


横にいたクロノの肩が、わずかに強張る。視線は落としたまま、握った拳だけが正直だった。


「本当に……“殺しに”行くのか」


返事はない。代わりに、瞳が答えた。燃えるのではなく、凍るのでもなく──決意だけをたたえた静かな光で。


「……君が背負うには、でかすぎる過去だ」


記録屋の声に、迷いが滲む。

それでも、ウィステリアは淡く息を吐いた。


「私しか、終わらせられない」


わずかな沈黙ののち、ボスが鉄の天板に掌を置いた。静かな音が、承認の印章のように室内へ広がる。


「……一人で行け」


クロノが顔を上げる。驚きではない。言いかけた言葉を、奥歯で噛み砕く。


「誰かを連れていけば判断が鈍る。これは牙の命令じゃない。──お前の“意志”だ」


その一言に、ウィステリアの睫毛が微かに震える。

信頼の重さは、鎧にも枷にもなり得る。それでも彼女は頷いた。


クロノが半歩、前へ。


「……なぁ、ウィステリア」


呼び止められ、彼女は肩越しに振り返る。


「もし……万が一、お前が戻らなかったら」


短い間。

そして、背中のまま、笑った気配がした。


「……あんたが全部、記録して。ちゃんと“残して”」


クロノは答えを持たなかった。喉が鳴るだけだ。

記録は棺にもなる──それを誰より知る自分に、彼女は託した。


ボスが最後に一行だけ、指令を置く。


「──行け。牙が“選んだ刃”」


ドアのロックが外れる乾いた音。

ひとつの足音だけが、冷たい光を抜けて夜へ溶けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ