【Scene05:Rebirth】
海風が金属を撫でる音がした。
東京湾のコンテナヤード。背の高いクレーンが宙に止まり、ナトリウム灯の橙が濡れた鉄骨に薄く滲む。
フードの影で火が点る。
一本の煙草。甘い外国銘柄。吸い口に触れた唇が、かすかに癖を思い出すようにゆるむ。
短く刈られたダークブラウン。
フードの隙間にのぞく銀煤の眼。受けた光だけを薄く返し、底は見せない。
──縁。
誰もいないはずの高台で、彼は低く息を吐いた。
「……やっと、だ」
火が赤く脈打ち、煙が潮の匂いにほどける。
風が強まるたび、遠くのコンテナが鳴いた。
足元には小型の通信端末。送信は切れている。
さっきの混線はわざとだった。届く相手はひとりでいい。
『もう一回、殺されに戻ってきてやったぜ。』
挑発じゃない。演出でもない。
“生きていた”事実と、“自分で戻った”意思を、彼女にだけ手渡すための合図。
喉の奥で笑いがひとつ、砂のように転がった。
「全部、終わらせる。……今度こそ」
言葉に、擦れた低さが混じる。七年前より少しだけ、音色が違う。
崖の縁で落ちた夜から、縁は《ゼロ機動隊》の影に潜った。
表向きは解体済みの特殊部隊。実際には、国家の底で汚れ仕事を請け負う半公式の群れ。
利用するのか、されるのか──答えはいつも揺れている。
「…これは、俺が選んだ“正義”だ」
目を閉じる。
風音の向こうで、銃声がよみがえる。
撃たれる瞬間の表情。
『もう誰も愛さない』と叫んだ声。
その熱も、痛みも、失せなかった。
(守れたのか。…それとも、守ったつもりで壊しただけか)
答えは出ない。煙だけが白く千切れていく。
「牙を守れるのは、もう俺しかいない」
苦い独白を、夜が静かに呑んだ。
指先で火を摘む。橙が小さく消える。
「ウィステリア……次は、ちゃんと殺してくれよ?」
祈りにも似た挑発が、潮風に紛れて落ちていく。
亡霊は、自分の足で還ってきた。
七年前には届かなかった言葉を、今度こそ──渡すために。




