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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
6章『邂逅』
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【Scene04:静かなる手】



雨上がりの屋上に、言葉の切れ端だけが残った。


誰も動かない。呼吸すら薄い。


その静寂を割ったのは、重くも荒くもない、一定の足音だった。


「……ウィステリア」


振り向いた瞬間、彼女は悟る。声の主──ボス。


彼は距離を詰めすぎず、手すりの横に片手を置く。その掌だけが、ここに“重し”を据えるように静かだった。


「怒るなとは言わねぇ。お前の怒りは、否定するもんじゃない」


低く、まっすぐ。


「けどな、感情のまま行けば──次は“お前自身”が壊れる」


喉がかすかに鳴る。言い返す言葉が見つからないほど、胸の内は縁の“生”に攫われている。


「殺したはずの相手が、生きて戻った。……亡霊をもう一度埋め直すつもりだろうが」


ウィステリアは目を伏せた。怒りとも動揺とも違う、深く暗い静けさが広がる。


一拍置いて、ボスは珍しく視線を落とす。


「……俺も、同じ気持ちだ」


それから、手すりに置いた掌で雨粒をひとつ払うようにして、静かに告げる。


「だから命じる。今はまだ、“決着をつけるな”」


それは命令の形をした“預け”だった。


ウィステリアはゆっくりと目を閉じ、長く息を吐く。


「……わかってる」


声は掠れているのに、芯は折れていない。怒りの赤の下で、意志の色がはっきりと残っている。


ボスはそれだけを確かめ、視線を全員へと流す。


「戻るぞ。縁の件は──“今夜中に処理する”」


踵が返る。足音が闇に吸われていく。


濡れたアスファルトがネオンを割って光る。置き去りの風だけが、彼らの間を通り抜けた。


亡霊は確かに戻ってきた。


どう向き合うかは、牙が選ぶこと──そして彼女もまた、選ばねばならない。



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