【Scene02:帰還】
夜の街は、雨上がりの熱をうすく纏っていた。
濡れた屋上の床がネオンを砕いて返す。低い雲、浅い風。
牙の面々は、任務帰りの息をそろえるように、手すり際で小休止していた。
「ふあ〜……もう歩けない……足が棒……」
ヨルが背伸びし、ガードレールに頬を当てる。
「足だけで済んでるなら上等だ」
レインは無表情で煙を吐き、しかし無言でヨルにドリンクボトルを押しつけた。
「にしても、想定より時間を食いましたね」
咲間が街の灯を見下ろし、肩で息をつく。
「僕の計算では十分快縮できたはずなんだが」
アリステアは手袋を外し、端末に指先でログを流す。
「その計算が信用ならないから足が棒なんだよ!」
ヨルはフードを脱いで、おにぎりを取り出した。
「……部屋で食え」
クロノの指摘は淡々として、棘がない。帰還直後の“ぼやき”は、この家の合図だった。
ウィステリアは黙ってそれを眺めていた。
風に揺れる黒髪を耳に払って、雨粒の残る夜空を見上げる。
誰かがいない夜は、少しだけ音が多い。
それでも、こうしてみんなが無事で戻ってきて——
「……ただいま、かな」
ぽつりとこぼれた声に、頬をゆるめる気配が広がる。
その瞬間——
インカムが、ごく小さく軋んだ。
ザ……ザザッ……
「ん……?」
混線を疑って指先で調整しかけた、その時。
──『なあ、姫』
──『覚えてるか? オレの声』
指が止まる。空気が、凍る。
誰より先に、ウィステリアだけが理解していた。
──『もう一回、殺されに戻ってきてやったぜ』
その声音は、確かに微笑んでいた。あの日のまま。
ウィステリアの手が震える。振り返ったクロノは、その表情だけで言葉を失った。
レインが眉を寄せ、アリステアと咲間の視線が細くなる。
ヨルの指から、おにぎりがするりと落ちた音が、やけに遠い。
「……縁……?」
震える呼気が、雨上がりの夜を揺らした。
——亡霊が、帰ってきた。




