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【Scene10:Coda】
記録室は静かだった。
冷えた空気、機材のファンだけが薄く唸っている。
──いや、正確には。
ここにあるのは“声”ではなく、“記録された声”だけだ。
クロノはモニターの前に座り続けていた。
再生は終わっている。画面には、灰色のバーが一本、滲むだけ。
過去は残った。
真実は、残らなかった。
「……これが、記録屋の限界、か」
天井を見上げ、息のように零す。
喉の奥で、別の言葉がほどけた。
「……縁。お前、なんで……撃たれるってのに、笑ってた」
指先が電源に触れかけたとき──
「おーい、晩飯だぞー!今日は咲間シェフの、旬のカボチャを使った……って、あれ? なに見てんの?」
軽い足音。扉の隙間から、ヨルの顔。
あまりにも無防備で、変わらない日常の声だった。
クロノは一度だけ画面を見て、そっと電源を落とす。
黒い矩形が、音もなく部屋の温度を戻していく。
「……いや。何でもない」
椅子を引いて立ち上がる。
背後の記録は、またひとつ“沈黙”へ棚に戻された。
──亡霊の記憶は、今日も誰にも知られず沈み、
それでも廊下の先では、食器の触れ合う音がする。
時間は、流れ続ける。




