【Scene08:Judgment】
牙本部・記録室。
クロノは無言で端末を差し込み、ロックを解いた。
血の匂いはもうない。けれど指先には、現場の冷たさがまだ残っている。
「……全部は残っていない。──これが、最後のフレームだ」
部屋の奥に、ウィステリア。
あの朝と変わらない装いなのに、纏う空気だけが違っていた。
再生。
砂嵐。潰れた音声。揺れる画面。
血に濡れた床、崩れた躯──三つ。
その中心に、背を向けて立つ影。
縁。
若い背中。短く刈ったダークブラウン。
立ち尽くす姿に、言い訳も悔いも映らない。
やがて、壊れたレンズの向こうから、震える声。
「……縁が、裏切った……」
プツン、と音がして映像は切れた。
灰色のバーだけが、墓標のようにモニターに残る。
沈黙。
クロノは息を殺す。隣の気配だけを見守る。
ウィステリアの睫毛がわずかに揺れ、噛みしめた唇が白くなる。
彼女は一歩、画面に近づいた。握り締めた拳が小さく鳴る。
「……私が、処分する」
耳をすり抜けるほど静かな声。
怒りでも、嘆きでもない。温度を失った意志だけが置かれる。
クロノは言葉を失った。
その一文が、どれほど重い宣告かを知っている。
彼女にとって“縁”が何だったのかも。
ウィステリアは視線を外さないまま、もう一度だけ落とす。
「終わらせるのは──私だ」
クロノは初めて目を伏せ、再生停止のボタンに触れた。
小さなクリック音が、判決の木槌のように部屋に響く。
もう、誰にも止められない。
物語はここから、終わりへ向けて動き出す。




