【Scene04.5:Hearth】
食堂の灯りは、いつもより少しだけあたたかかった。
湯気、箸の音、油のはねる小さな音。匂いは塩と出汁、それから焼けた醤の甘さ。
長テーブルいっぱいに皿が並ぶ。
鍋の蓋を片手で押さえ、セイカが味をみる。真面目な横顔。
横からハヤトが猫のように腕を伸ばし、指でつついては叱られている。
「おい、コラ! 順番!」
「毒味ってやつだって。ほら安全確認〜」
「安全でも許さん!」
カズマはヨルを軽く肩に担ぎ上げ、ぐるりと回して笑わせる。
「わーっ! 牛乳ふるなって!」
「だれかー、拭いとけよー!」
ミサキはお盆を抱え、柔らかい声で宥めながらティーカップを配る。
「はいはい、静かに食べた方がお腹がよく働くよ」
その端で、ウィステリアが盆を受け取り、こぼれたミルクを器用に拭う。
昔の彼女は、今よりずっとよく笑い、よく拗ね、よく手を貸した。
ボスは出入口の柱にもたれて、煙草に火を点ける。
紫煙がゆっくりと天井へほどけ、灯りの輪に溶けていく。
クロノは窓辺。
曇りガラスに背を預け、書類を閉じて、その風景をただ目で記す。
(――記録するまでもない。ここは“家族”の時間だ)
……そこに、一つだけ、輪の外の気配があった。
縁。
部屋の隅、壁に背を当て、片手で煙草を弄ぶ。
視線は食卓の上をなぞるが、誰とも目を合わさない。
笑い声の波に合わせて息は混ぜるのに、足は一歩も寄らない。
その赤い火は、暖を取る焔ではなく、
指先で消せる小さな信号のように見えた。
そのときのクロノは、ただ「機嫌が悪い日」だと片づけた。
手元のペン先は、皿の数や香辛料の名ばかりを追っていた。
今ならわかる。
あいつだけは、もう知っていた。
この夕餉が、長くは続かないことを。
湯気の向こうで笑う皆を、
“離れて”見届ける役を、自分に割り当てていたことを。
誰も、その孤独に手を伸ばせなかった。
だから――あの隅の影だけが、今も記憶に刺さって抜けない。




