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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
5章『亡霊の記憶』
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【Scene04:Bond】



記録室の隅で、クロノは無音のままデータを束ねていた。

紙の角をそろえるたび、薄い夕光が机の端で跳ねる。ふと、風が流れた気がして窓に目をやる。


中庭の訓練場で、ふたりが向かい合っていた。


──ウィステリアと、縁。


模擬用の短い刃。

黒髪の少女は重心を落とし、息を殺して踏み込む。

銀煤の瞳の青年は、それをひらりといなす。

受け流す角度がきれいすぎて、隙がない。


「ほら、足元、甘い」

「うるさい。今度ミサキの薬草茶に変なの入れるからな」

「怖。……チクるぞ、本人に」


冗談が交じる。けれど、ウィステリアの動きは本気だった。

悔しさが呼吸に混じる。何度挑んでも、縁の懐に届かない。


(……あの頃のウィステリアは、今よりずっとよく喋って、よく怒っていた)


クロノは窓枠に視線を預ける。

その怒りは他人に向かう刃ではない。勝ちたい、認められたい──まっすぐな熱だった。

縁はそれをからかいながら、飽きもせず何度でも相手をした。距離は保つのに、突き放しはしない、妙な手の差し伸べ方で。


最後の一本。

ウィステリアが踏み込みを一段深く変える。縁はほんの指先一つで軌道を外し、肩越しに笑った。


「じゃ、次は勝てるように、ちゃんと飯食っとけ。細すぎて見えねぇ」

「……殺すぞ」

「無理無理。俺、ウィステリアには絶対勝てるもん」


縁は背を向け、ひらりと手を上げて歩き出す。

顔を真っ赤にして追いすがるウィステリア。

どこにでもある、日常の断片。


──崩れる、ほんの数日前の。


「……あれが、最後の稽古だったな」


今なら分かる。

あのときの「殺すぞ」という軽口が、どれほど痛い響きだったか。笑い話の衣を着た、予告のように。


クロノはそっと目を伏せる。

この記憶も、封じるべき“亡霊”か──それとも残すべき“証言”か。


指先が、保存のアイコンの上で止まり、そして落ちた。



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