【Scene04:Bond】
記録室の隅で、クロノは無音のままデータを束ねていた。
紙の角をそろえるたび、薄い夕光が机の端で跳ねる。ふと、風が流れた気がして窓に目をやる。
中庭の訓練場で、ふたりが向かい合っていた。
──ウィステリアと、縁。
模擬用の短い刃。
黒髪の少女は重心を落とし、息を殺して踏み込む。
銀煤の瞳の青年は、それをひらりといなす。
受け流す角度がきれいすぎて、隙がない。
「ほら、足元、甘い」
「うるさい。今度ミサキの薬草茶に変なの入れるからな」
「怖。……チクるぞ、本人に」
冗談が交じる。けれど、ウィステリアの動きは本気だった。
悔しさが呼吸に混じる。何度挑んでも、縁の懐に届かない。
(……あの頃のウィステリアは、今よりずっとよく喋って、よく怒っていた)
クロノは窓枠に視線を預ける。
その怒りは他人に向かう刃ではない。勝ちたい、認められたい──まっすぐな熱だった。
縁はそれをからかいながら、飽きもせず何度でも相手をした。距離は保つのに、突き放しはしない、妙な手の差し伸べ方で。
最後の一本。
ウィステリアが踏み込みを一段深く変える。縁はほんの指先一つで軌道を外し、肩越しに笑った。
「じゃ、次は勝てるように、ちゃんと飯食っとけ。細すぎて見えねぇ」
「……殺すぞ」
「無理無理。俺、ウィステリアには絶対勝てるもん」
縁は背を向け、ひらりと手を上げて歩き出す。
顔を真っ赤にして追いすがるウィステリア。
どこにでもある、日常の断片。
──崩れる、ほんの数日前の。
「……あれが、最後の稽古だったな」
今なら分かる。
あのときの「殺すぞ」という軽口が、どれほど痛い響きだったか。笑い話の衣を着た、予告のように。
クロノはそっと目を伏せる。
この記憶も、封じるべき“亡霊”か──それとも残すべき“証言”か。
指先が、保存のアイコンの上で止まり、そして落ちた。




