【Scene02:Fragment】
七年。
もう、なのか。まだ、なのか。
指先に残るのは冷えたキーボードの感触。
なのに脳裏を撫でたのは──空調じゃない、あたたかい風の記憶だった。
クロノは目を伏せる。
“記録”には残っていない断片が、静かに浮かび上がる。
──セイカ。
足音はいつも静かで、背中はいつも大きい。
「お前、今日はちゃんと寝たか」
襟を整える指が、ほんの少し震えていた。任務の緊張ではない。
“見守る側”の重さを、彼女は黙って抱えていた。
──ハヤト。
声はうるさいのに、言葉はやけに優しい。
「ログ、また手書きに逃げてるだろ。几帳面か適当か、どっちかにしろ」
笑いながら叩き込まれた手順が、いまの俺の基礎になった。
“記録屋”の骨格は、あの男の手癖でできている。
──ミサキ。
手はあたたかい。薬草茶の湯気と一緒に、不眠の夜をやわらげる声。
「大丈夫。ここは、あなたたちの居場所だよ」
当時はうまく信じられなかった言葉が、いまは痛いほど沁みる。
──カズマ。
「へへっ、俺に背負えねぇもんなんてねぇからな!」
ヨルを肩に乗せて走る背中。単純で、だから強い。
“守る”という語のいちばん近くにいた。
四人がいた頃、牙は揺るがないとボスは言った。
「この四人がいる限り、牙は揺るがない。……不思議なことにな、皆、奴らに懐く」
その意味が、遅れて沁みる。
目を開ける。カーソルの小さな点滅が、胸の鼓動と重なる。
熱じゃない。異常でもない。
ただ、記憶が記録を上書きしようとしている。
「……本当は、全部、書いておくべきだった」
“記録屋”を名乗る資格は、あの夜に置いてきた。
それでも──いまから書く。
二度と、零さないために。




