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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
4章『枷咲』
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【Scene20:薄紅の誓い】



雨は上がり、街は夜明け前の薄藍に沈んでいた。

廃ビルを抜ける非常階段、濡れた手すりに星のない空が滲む。


ウィステリアの背に、咲間は半歩だけ遅れてついてゆく。

胸の奥で、名のない灯があたたかく燃えていた。


小さな踊り場で、彼女がふと振り返る。

黒髪の際に、黎明の色がうっすらとかかる。


「……咲間。これからのことだけど──」


言葉の端を、咲間はそっと跪いて受け止めた。

濡れたコンクリートに片膝をつき、視線を上げる。薄紅の瞳が、まっすぐ彼女を映す。


「ウィステリア……」

声は震えた。けれど、それは迷いではない。胸の奥から真っ直ぐ上がってきた熱だった。


「俺は、あなたのそばで“在る”ことを選びます。命も、過去も、これからも──すべて、あなたに預けたい」


彼は刀の下緒を静かに解いた。

細い、薄紅の組紐。

それを両手で持ち、祈りのように指先で熱を確かめると、ウィステリアの手首へそっと回す。


「道具として命じられて動くのは、もう終わりにします」

結び目が、きゅ、と小さく鳴る。


「どうか俺を、あなたの“影”として置いてください。あなたが前を向く限り、俺は何度でも、その背中に続く」


ウィステリアの睫毛がわずかに震え、視線が手首の薄紅に落ちる。

彼女は長い呼吸ひとつ分だけ黙って、それから手を差し出した。結び目の上に、自分の手を重ねる。


「……その糸で、自分まで縛らないで」

静かに、けれど確かに。


「私はあなたを所有しない。あなたが“在る”と決めた、その意志ごと、隣で受け取るだけ。──それでもいいなら、来て」


咲間の喉がひくりと鳴る。

彼は彼女の結ばれた手首ごと、両手で包み、宝物に触れるように頬を寄せた。


「……はい。今度こそ、俺は自分で選びました。あなたに仕え、生きると」


「仕えるだけじゃなく、ちゃんと生きて」

ウィステリアは口元だけで微笑む。


「“拾われた命”を、今度はあなたが誰かのために拾い返して。──まずは、私のために」


薄明の風が階段を抜け、薄紅の組紐をわずかに揺らす。

その色は、彼の瞳と同じ、静かな熱を帯びていた。


二人の影が寄り添い、夜明け前の街へと伸びていく。


結ばれた手首の温度が、言葉より深く誓いを刻んでいた。



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