【Scene 18:拾われた者と、牙達】
桜蛇会の地下施設。
血の匂いと静寂が染みついた通路を、二つの影が並んで進む。
先を行くのは咲間。すぐ隣に、彼を拾い上げた女──ウィステリア。
その歩幅はもう、命令に従う足取りではない。まだおぼつかなくても、自分で選んだリズムだった。
袖口に触れた指先の温もりが、彼をまっすぐ立たせている。
曲がり角の先。
銃を構えたまま、レインが立っていた。藤色の瞳が咲間を射抜く。
「……終わらせてきたのか?」
言葉は返らない。けれど、咲間の背に漂う「断ち切った者」の気配に、レインは短く息を吐く。
「……そうか」
銃口がわずかに下がる。
奥からアリステアが現れ、二人を一瞥して足を止めた。
「……君が拾ったのか」
ウィステリアは小さく頷く。
アリステアは咲間の前に進み、静かな声で問う。
「これからどうする。〈牙〉に来るのか、それとも──」
咲間は頭を垂れ、短く答えた。
「俺は、“在る”ことを選んだだけです」
その静けさに、アリステアは一拍置いて頷く。
「了解した」
その時、廊下の奥から複数の足音。クロノとヨルが合流する。
クロノがタブレットを操りながら低く告げる。
「警備は乱れ始めている。南西の通気ダクトから地上へ──今なら三分は死角だ」
「案内は任せろ」
レインが位置取りを変え、先導へと回る。
ヨルが一歩遅れて咲間の手元を見て、ぽつりと呟く。
「……目、変わったな」
咲間は返さない。ただ、ヨルと目を合わせ、ほんのわずかに首を傾けた。
薄紅の瞳には、はっきりと新しい色が宿っている。
視線が交わり、全員が無言で頷く。
《牙》は動き出した。
失ったもの、拾い上げたもの──それぞれの“今”を背負って。
通気ダクトへ、音もなく駆け出す影たち。
静かだが確かに、自分たちの生き様を示しながら。




