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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
4章『枷咲』
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【Scene17.5:救い】



沈黙の中、俺は立ち尽くしていた。

握った手は震えたまま、血の匂いだけが胸の奥をじりじりと焼く。

目の前で崩れた“仮初めの父”を、頭が現実として受け取らない。


(やったのは、俺だ。俺の手だ──)


思考だけが空回りする。

返り血が頬を伝れても、冷たい、とも思えない。

世界に薄い靄がかかり、音が遠のいていく。


(どこへ、行けばいい)


“恩”は返した。

“すべて”を終わらせた。

なのに、空洞は埋まらない。


力が抜け、刀が床に静かに落ちる。

同時に膝も崩れ、糸の切れた操り人形みたいに、じわりと座り込んだ。


(寒い──)


それは風の寒さじゃない。

骨の芯で鳴り続ける、孤独の温度。


誰かのための道具として、命令だけを拠り所にしてきた。

その手綱が外れた今、俺は何者でもない。


──そのとき、肩にそっと触れる指先があった。


驚いて顔を上げる。

膝をついた彼女が、静かな眼差しで俺を見ていた。

怖くなるほど、あたたかい光だった。


「あなたは、もう“誰かのための道具”じゃない」


声が耳でなく、心へ落ちてくる。

閉ざしていた扉が、軋みを上げた気がした。


自分の手を見る。

この手が一度だけ、誰かを守るために動いた夜が、確かにあった。


「……俺は、どこへ……行けば」


掠れた問いは、迷子の子がやっと出した呼び声みたいだった。


「──ひとまずは、うちに来れば良い。少なくとも……ここよりはずっと居心地がいい」


時間が止まる。

それは叱責でも赦しでもない、“居場所”の提案だった。


(いいのか。生きていて、いいのか)


「……俺は、生きても、いいんですか」


迷いのない肯定が返ってくる。


「生きなさい。あなたは、もう“拾われる”必要なんてない。これからは、あなたが自分で“在る”ことを選べる」


ふっと身体が傾き、気づけば彼女の胸元に額を預けていた。

張り詰めていた糸が、小さく切れる音がする。


あたたかい。

本当の救いは、いま、ここにあった。


頬を、一筋の涙が滑り落ちる。

誰にも命じられず、誰にも許されず、俺が自分で流した涙だ。


それは、咲間という“人間”が初めて持った、心の証だった。



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