【Scene07:夜道の吐露】
廃区画を縫うように、ふたりは歩いた。
街灯は切れて久しく、建物の影が黒く沈む。
剝げた舗装と雨上がりの水たまり。闇を進む足音だけが、微かに反響した。
そんな静けさの中、レインが不意にくすくすと笑う。
「……ヨル、見てたよ。出るとき、ロビーの窓からずっと。気づいてたんだろ?」
ウィステリアは答えず、前だけを見て歩を進める。
レインは肩をすくめ、もう一歩踏み込んだ。
「なんで連れて行ってやらないんだ? アイツ、たぶん“行きたい”顔してたぜ」
沈黙。
数歩の間を置いて、ウィステリアがぽつりと答えた。
「……あいつは、優しすぎるんだよ」
レインの足が、わずかに止まりかけた。
「まだ、誰も殺してない。任務にも出てるし、腕はある。けど──あの子の手には、人を殺せる覚悟がない」
その声には、怒りでも憂いでもない、ただの事実だけがあった。
「いずれ染まる。それが“牙”だ。でも……今は、まだ染めたくない」
レインは珍しく言葉を挟まなかった。
夜風だけが、ふたりの間をすり抜けていく。
「俺がアイツの立場だったら、きっと反抗するけどね」
「ヨルは……まっすぐだから。“殺さなきゃ”ってわかってても、“殺したくない”と思える。そんな子は、貴重なんだよ」
ほんの少し、ウィステリアの声が揺れた。
それでも振り返らず、歩みも変わらない。
レインは目を細めて、その背中を見つめる。
「……そっか。それ、たぶん──“弟思いの姉”ってやつだ」
「違う。あいつが変わるのが、……怖いだけだよ」
そこで会話は終わった。
ふたりの足音は、また闇へ吸い込まれていく。
けれどその先には、もう“帰るだけ”では済まない現実が待っていた。