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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
4章『枷咲』
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【Scene14:突入】



桜蛇会・地下施設。


湿った空気と金属の匂い。遠くで、雨音が鈍く響いている。


影が三つ、廊下を滑った。


ヨルが先頭。足音を消し、指先だけで警備の喉元を押さえ落とす。


アリステアはその背をなぞるように進み、無音で関節を刈っていく。


クロノは耳元に低く囁く。〈右カメラ、十五秒ループ。──今〉


最後尾のレインは、ただ前だけを見ていた。


(……ウィステリア)


曲がり角を抜けた先、厚い扉が一枚。


その前に、刀を背負った男が立つ。


咲間だった。


糸のように細めたまなざし。その奥に、まだ名前のない色。


「……ようこそ、《牙》の皆様」


レインの足が止まる。


「お前が、“彼女”を攫ったのか」


「──結果としては、そうなりますね」


言葉の末尾と同時に、レインが踏み込んだ。


短剣が肩口を抉る軌道で閃く──


──ガキィン。


咲間は反射で抜刀し、正面から受けた。重さに膝が沈む。


(……重い)


細められていた瞼が、初めて大きく開く。


薄紅の瞳が、真正面からレインを射抜いた。


「……躊躇ってるな、お前」


レインの低い呟きに、咲間は一歩退き、鞘に刃を戻す。


「牙の姫は──今すぐ返します。彼女を傷つける理由は、もうない」


「理由だと?」レインが間合いを詰めかけ──


「やめて、レイン」


扉の向こうから、ウィステリアが現れた。


白い呼気。まだ完治していない足取り。それでも、まっすぐに二人の間へ入る。


「彼は……私を助けた」


「助けた?」


「命令に逆らって、守った。桜蛇の“道具”だった人間が、初めて──自分の意志で」


咲間の顔が、わずかに揺れる。


アリステアが横目で測る。「……見逃すのか?」


レインは短剣を下ろした。


「ここから先、どう動くかだ」


沈黙。


咲間が一歩、前に出る。


「ウィステリアさんは、あなたたちに預けます」


「預ける?」


「俺は、会長のもとへ向かう。話がある」


ウィステリアの瞳が細くなる。


「……何をしに」


咲間は静かに、しかし確かに言う。


「すべてを、終わらせに」


空気が冷えた。


ウィステリアは一歩近づき、彼の背に声を投げる。


「復讐に、自分を染めないで。……生きて」


咲間が振り返る。薄紅の瞳に、瞬きほどの迷い。


「復讐ではありません。……確認です」


「なら、私も行く」


一拍。


咲間は小さく息を吐き、頷いた。


「……あなたと一緒なら、迷いません」


クロノが短く指示を飛ばす。


「レイン、ヨルは前方の回廊を制圧。アリステアは後ろを潰して退路確保。──ウィステリア、咲間の同行を認める。俺がガイドする」


各々の影が、音もなく散る。


咲間の歩幅に、ウィステリアの足音が重なる。


その背はもう、“道具”のそれではなかった。



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