【Scene14:突入】
桜蛇会・地下施設。
湿った空気と金属の匂い。遠くで、雨音が鈍く響いている。
影が三つ、廊下を滑った。
ヨルが先頭。足音を消し、指先だけで警備の喉元を押さえ落とす。
アリステアはその背をなぞるように進み、無音で関節を刈っていく。
クロノは耳元に低く囁く。〈右カメラ、十五秒ループ。──今〉
最後尾のレインは、ただ前だけを見ていた。
(……ウィステリア)
曲がり角を抜けた先、厚い扉が一枚。
その前に、刀を背負った男が立つ。
咲間だった。
糸のように細めたまなざし。その奥に、まだ名前のない色。
「……ようこそ、《牙》の皆様」
レインの足が止まる。
「お前が、“彼女”を攫ったのか」
「──結果としては、そうなりますね」
言葉の末尾と同時に、レインが踏み込んだ。
短剣が肩口を抉る軌道で閃く──
──ガキィン。
咲間は反射で抜刀し、正面から受けた。重さに膝が沈む。
(……重い)
細められていた瞼が、初めて大きく開く。
薄紅の瞳が、真正面からレインを射抜いた。
「……躊躇ってるな、お前」
レインの低い呟きに、咲間は一歩退き、鞘に刃を戻す。
「牙の姫は──今すぐ返します。彼女を傷つける理由は、もうない」
「理由だと?」レインが間合いを詰めかけ──
「やめて、レイン」
扉の向こうから、ウィステリアが現れた。
白い呼気。まだ完治していない足取り。それでも、まっすぐに二人の間へ入る。
「彼は……私を助けた」
「助けた?」
「命令に逆らって、守った。桜蛇の“道具”だった人間が、初めて──自分の意志で」
咲間の顔が、わずかに揺れる。
アリステアが横目で測る。「……見逃すのか?」
レインは短剣を下ろした。
「ここから先、どう動くかだ」
沈黙。
咲間が一歩、前に出る。
「ウィステリアさんは、あなたたちに預けます」
「預ける?」
「俺は、会長のもとへ向かう。話がある」
ウィステリアの瞳が細くなる。
「……何をしに」
咲間は静かに、しかし確かに言う。
「すべてを、終わらせに」
空気が冷えた。
ウィステリアは一歩近づき、彼の背に声を投げる。
「復讐に、自分を染めないで。……生きて」
咲間が振り返る。薄紅の瞳に、瞬きほどの迷い。
「復讐ではありません。……確認です」
「なら、私も行く」
一拍。
咲間は小さく息を吐き、頷いた。
「……あなたと一緒なら、迷いません」
クロノが短く指示を飛ばす。
「レイン、ヨルは前方の回廊を制圧。アリステアは後ろを潰して退路確保。──ウィステリア、咲間の同行を認める。俺がガイドする」
各々の影が、音もなく散る。
咲間の歩幅に、ウィステリアの足音が重なる。
その背はもう、“道具”のそれではなかった。




