【Scene11:壊された真実】
桜蛇会・談話室。
黄ばみかけた壁紙、うなる古い蛍光灯、灰皿に山になった吸い殻。
テレビの砂嵐が、低く空気をざらつかせていた。
ソファにふんぞり返る二人の幹部が、だらしなく笑う。
「……にしてもよ、咲間、最近おかしくねぇか」
「何がだ」
「《牙の姫》にちょいと“教育”してこいって言ったらよ、鼻で断りやがった。あの忠犬が、だ」
カツ、と灰皿の縁で火が押し潰される。
「拾われた恩だなんだって、殊勝に命張ってたくせにな。
──自分の家族を殺したのが“拾い主”だとも知らねぇでよ。狐みてぇな笑顔、寒気がするぜ」
もう一人が吹き出す。
「哀れなもんだ。ぜーんぶ桜蛇の段取りだってのにな。
血まみれの廃ビルも、真冬の寒さも、“お前だけが生き残った”って見せ方も──演出だ」
その会話を、廊下の影で咲間は聞いていた。
沈黙。
いつもの薄い笑みが、音もなく剥がれ落ちる。
瞳孔がわずかに締まり、薄紅の色が深く沈む。
足音を消して、扉を押す。
「──今の話、どういうことです」
名を呼ぶ前に、二人の肩が跳ねた。
「さ、咲間……いつからそこに……」
「答えてください」
咲間の声は低い。氷の底から響くような、揺れのない響きだった。
だが、その指先だけが小さく震えている。
幹部は唇の端を吊り上げ、火の消えかけた煙草を咥え直す。
「今さらだろ。お前にゃ関係ねぇ話だ。お前は最初から“道具”。
家族なんざ、忠誠植えつけるための材料だ」
もう一人が肩をすくめる。
「“拾ってやった”のも脚本さ。王の指示でな。
お前の涙も、震えも、全部予定調和。上等な操り人形だったってだけの話だ」
表情が、消えた。
咲間は一拍、何も言わなかった。
静寂の中、袖口の内側で鍵の金属が、かすかに当たって鳴る。
そして、ぽつりと落とす。
「……どうでもよくは、ない」
幹部の笑いが止まる。咲間はゆっくりと視線を上げた。
「“俺”は、ただの道具じゃない」
怒鳴り声でも、啖呵でもない。
それは、咲間という青年がこの世界に向けて初めて放った、自分の言葉だった。
「返してもらう。俺の人生を」
淡々と告げると、咲間は踵を返す。
背中で蛍光灯が、チリ、と微かな音を立てて瞬いた。




