【Scene10:割られた檻】
桜蛇会・地下施設。
重たい金属扉が、湿った空気を押し分けて軋む。
入ってきたのは幹部の一人。朱のレンズをかけた大柄な男が、黒い袋をぶら下げ、床にわざと足音を散らす。
「おやおや、まだ“お姫様”はおねんね中か?」
鼻で笑い、袋から金属の器具を取り出して机に放る。
ギラリ──鈍く光る、目的のはっきりしすぎた道具。
その気配に、壁際で控えていた咲間が、静かに立ち上がった。
「……そのご指示は、正式には下りておりません」
「ん? “適度に教育しとけ”って話だよ」
幹部は歯をむき出しに笑う。「気位の高い姫も、少し痛みを教えりゃ大人しくなる」
咲間の指が、鞘の柄に触れる。抜かない。ただ、そこに“意志”があることだけ示す。
「この方に、無意味な暴力は不要です」
「……あァ?」
幹部が数歩踏み込む。だが咲間は目を逸らさない。
「指示があるなら文書で。以後の独断は、組に対する越権と見なします」
短い沈黙。
幹部は舌打ちし、咲間の“異常”を思い出したように肩をすくめた。
「ちっ……じゃあ好きにしろ。どうなっても知らねぇぞ」
ギラついた道具を残し、男は足音だけを置いて出ていく。
扉が閉まると、地下の低い唸りだけが戻ってきた。
咲間はしばし無言のまま立ち尽くし、天井隅の監視灯に一礼する。
「処置は私が引き受けます」──聞こえよがしに、報告の形を整える。
それから机に向かい、器具を一つずつ、布で覆い、箱に戻す。
金属が布に触れるたび、乾いた音が柔らかく吸い込まれる。最後の一つを収め、鍵を回す。
鍵は袖口へ滑らせ、音を立てずに隠した。
その一連の動きが終わるころ、ベッドの影で瞼が震えた。
ウィステリアが薄く目を開け、低く笑う。
「……拷問具を片づけるなんて。随分、よくできた“道具”ね」
咲間は振り返り、穏やかに微笑んだ。
「どうやら──私はもう、壊す側には戻れそうにありません」
静かな声だった。
けれど、その顔に宿ったものは確かだった。
檻の鍵を、内側から壊した者の、それだった。




