【Scene 06:呼び出された調整屋】
拠点外のベンチに腰を下ろし、ウィステリアは毒針を仕込んだ指輪を弄んでいた。
夜の空気は湿り、ぬるい風が肌を撫でる。遠くで、**The Echo(記憶の残響)**の外壁をなぞる雨だれの音。いつも通り、静かな夜。
「……遅い」
呟いた直後──
「呼ばれた気がしたから来てみたんだけど──お迎えの言葉は?」
軽く弾む足音とともに、レインが現れる。
藤色に輝く長めの髪が揺れ、同色の瞳がいつも通りに笑う。
だが、その視線は呼吸の温度を測るように鋭い。
「遅い。あと五分で出る」
「えー、冷たくない? 俺、姫のために紅茶も捨ててきたのに」
「クロノのか?」
「そうそう、殺されるやつ」
軽口を挟みながら、レインは背負った装備ケースを片手で置き、さりげなく彼女の顔色をうかがう。
「それで……今回は、俺が必要って判断したわけだ?」
ウィステリアは煙を吐きながら答える。
「《ゴースト》のデータ、偽装されてた。ファングス本部の記録には“死亡”。……けど命令は“処分”。情報は**The Cage(横浜支部)**経由」
レインの目がわずかに細くなる。
「……厄介な匂いだね。上も腐ってて、敵も近いってわけだ」
「百目羅刹の活動圏、匂いが濃い場所まで潜る。あんたの“鼻”が要る」
レインは軽く首を傾げた。
「つまり──俺に“嘘”を嗅がせたいってことか」
ウィステリアは頷いた。それだけ。
「了解、姫。嘘を剥がして、敵を“調整”して、帰ったらまたクロノの紅茶で怒られとく」
ふざけているのに、足取りは軽い。
けれど──その背中には、確かな覚悟がにじんでいた。
「レイン」
「ん?」
「背中預ける。殺すときは一緒だ」
レインは肩越しに笑う。
「それってプロポーズ?」
「違う。道連れ」
「……そっちも嫌じゃないけどね」
ふたりは、そのまま夜の闇へ歩き出す。
そして、その背中をロビーの窓越しに見送る視線があった。ヨル。
立ち止まることなく進んでいくふたりを、彼はただ無言で見つめていた。
その瞳に宿るのは、焦がれるような憧れか、それとも──
いつもの彼なのに、今だけは──笑わなかった。
夜風が吹き抜ける中、ふたりの姿が闇に溶けて消えるまで、
ヨルはその場から、一歩も動かなかった。




