【Scene06:揺れる牙】
《The Echo》地下・戦術フロア。
薄い青白のパネルが脈打ち、ファンの低音が床から伝わる。
アリステアは壁際の端末に立ち、通信ログを何度目かのスクロールで止めた。
「……おかしい」
近くでメンテケースを閉じていたヨルが顔を上げる。
「何が? 姉さん、“ちょっとジンのとこ寄る”って──」
「それが六時間前だ。未読が三件。ジンにも確認した。“戻ってない”」
奥の卓でクロノが指を走らせ、都心のホロマップを立ち上げる。
「ビーコン反応、ゼロ。……自然断ではない。帯域ごと潰されてる。意図的なジャミングだ」
ヨルの笑みが、すっと消えた。
「……つまり、さらわれた可能性が高いってこと?」
「断定はしない。だが嫌な消え方だ」
アリステアは口元を押さえ、視線だけを鋭くする。
「レインは?」
「外回り中。呼び戻してるが、応答待ち」
短い沈黙。
そのとき、警告音。クロノが顔を上げる。
「ジンから通信」
ノイズ混じりの映像がスクリーンに開き、グリーンの髪とヘッドホンが現れる。
『……よう、牙のみなさん。俺が出る時点で、ただ事じゃないってことでいいか』
アリステアがすぐさま問う。
「ウィステリアは、そちらを出たあと?」
『出た。そこから足取りが消えた。監視網にも“穴”は作られてる……ただ、耳に入ってる話がひとつ』
息継ぎ。ジンの目が細まる。
『最近、桜蛇会が“ウィステリア”を嗅いでる。上野の下で、水面下がざわついてる。……七針の旧区画、地下に死角が多い』
画面が一瞬ざらつく。
『回線がまずい。裏は俺も走る。十分くれ──』
ぷつり、と映像が落ちた。
アリステアは静かに息を吐き、端末から視線を離す。
「……動こう。生きているうちに、取り返す」
ヨルが頷き、グローブをはめ直す。
クロノはホロに三本のルートを描き出した。
「一次捜索は三系統。ジンが言った“七針”に西から入るルート、地上の廃線跡に沿うルート、そして地下鉄跡の換気口からの逆侵入。レインが戻り次第、外周遮断を任せる」
ヨルが唇を結ぶ。
「俺が先行する。……今度は、絶対に離さない」
アリステアは頷き、短く告げた。
「クロノ、監視網の死角をレイヤで重ねてくれ。俺はジンの“穴”に当たる……ウィステリアなら、そこを選ぶはずだ」
「了解。《GR-α》仮起動、パケット偽装開始」
フロアの空気がぴんと張る。
誰も口に出さない。だが全員が知っている。
ウィステリアという“中心”が、ここにいる者たちの秩序であり、火だということを。
クロノが最後に告げる。
「作戦コード、《RECALL》。対象:ウィステリア。回収最優先、交戦は必要最小限。──出るぞ」
三人はうなずき、装備を取った。
青白い光が背を送り出す。
揺れたのは、恐れではない。
牙は、噛み殺すべき“沈黙”の方角へ、迷いなく向かった。




