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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
4章『枷咲』
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【Scene03:交差する刃】



夜が敷かれた。

廃線跡のアスファルトはところどころ剝げ、金網は風に鳴るだけ。

遠くで、止まったままの踏切がかすかに軋んだ。


ヒールの音が、乾いた地面に細く刻まれていく。

ウィステリアは迷いのない歩幅で進む。呼吸は静か、肩は落ち、指先だけが毒針のリングを無意識に確かめていた。


──風向きが、変わる。


「こんばんは、“牙の姫”」


柔らかな男の声。けれど、鋼の匂いが混じっていた。


振り向くより速く、ウィステリアは横へ跳ぶ。

次の瞬間、夜気を斜めに裂く光条。風鳴りとともに、鋭い一閃が地面に火花を散らした。


「……ずいぶん、ストレートね」


「命令ですので」


声の主──咲間。

墨の髪を後ろで緩く結び、薄紅の瞳に淡い灯を宿したまま、刀を静かに構え直す。足幅は狭い。切っ先はぶれない。制圧の型だ。


「貴女に恨みはありません。上野の王が貴女を望んでいる。……ご同行を」


「“上野の王”──桜蛇会、ね」


ウィステリアは軸を落とし、背へ滑らせた右手で短剣を逆手に抜く。

毒針のリングが、かすかに月光を弾いた。


(間合いが近い。踏み込み一つで首を落とせる距離──殺す意志は薄い。眠らせに来てる)


咲間は一歩も寄らない。声だけが近づく。


「怪我は、させません。できれば、眠っていただくだけで」


「甘く見ないで」


足音が消えた。


刃と刃が擦れ、金属の悲鳴が路面を走る。

短い呼気。土踏まずの返し。袖だけを裂く浅い斬り。

ウィステリアの短剣が刃筋を外し、咲間の刀は切先で力を殺す。


二手、三手。

銀の軌道と黒い影が絡み、ほどける。

毒の指輪がひらめけば、咲間の鞘尻が即座にそれを叩き落とす。

どちらの刃にも、致命の角度は乗らない。


「……連れて行くつもりなら、まず“私の足”を折りなさい」


「道具は、必要以上に壊さない主義で」


「私は“道具”じゃない」


一拍、空気が硬くなる。

薄紅と夜色の視線がぶつかり、同時に逸れる。


再び交差。

咲間の袖に細い切り口、ウィステリアのグローブに浅い線。血は出ない。互いの“本気”だけが、ひとつずつ増えていく。


信念と命令。

奪う手と、奪わせない手。


その交点で、わずかなズレが生じた。

──片や「無傷の拘束」。

──片や「無傷の拒絶」。


同じ“鋭さ”で、目的だけが噛み合わない。


風がまた向きを変え、金網が鳴る。

二人は同時に距離を取り、刃先だけを落とした。


この夜の結論は、まだ出ない。

ただ、運命の歯車は──確かに噛み始めていた。



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