表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
4章『枷咲』
52/153

『4章 枷咲(かせざき)』【 Scene01:道具の定】


咲間は、組の道具だった。

そう教えられて育ち、そう在ることこそ美徳だと疑わなかった。


【桜蛇会】──上野一帯を押さえる大所帯。

拾ってもらったのだ。凍える夜、血の匂いが残る廃ビルで、「可哀想に」と声をかけてくれた“あの人”に。


だから、忠誠を尽くすのは当然だった。


「拾っていただいた恩は、この命で返します」


その言葉に迷いはない。

ただ一度だけ、胸の底に微かな陰りが射す。


(……その“恩”は、本当に自分が望んだものだったのか)


考えるな。自分は道具。器。

それ以上でも、それ以下でもない。


──けれど、報告に添えられた一枚の写真で“彼女”の瞳を見たとき、

咲間のどこかで、かすかな音がした。


_______________________


薄暗い和室に、煙草の白が漂う。

畳の縁に射す夕闇の光の中、青年がひとり、静かに佇んでいた。


墨色の髪は首筋で緩く結い、肩に落ちた後れ毛が煙に溶ける。

中性的な顔立ち。目を細めた笑みは浮世離れしているのに、瞳だけが異様に鮮やかだった──薄紅。散り際の桜を閉じ込めたような、寂しさと光。


その視線が、煙の奥の会長をまっすぐに捉える。


「咲間」


名を呼ばれ、音もなく膝をつく。


「“ウィステリア”を知っているか」


伏し目がちに、静かに答える。


「……花の名にも、牙の姫にも、覚えがあります」


会長は口端をわずかに上げた。


「充分だ。……最近、界隈で話題の記憶施設の解体。主導がウィステリアだという話だ」


そして低く囁く。


「──我が組にとって、喉から手が出るほど欲しい“駒”だ」


咲間はゆっくりと目を伏せる。

感情の影は浮かばない。ただ整っている。


美しく、儚く、空虚に。


「お前にやらせる。単独で、だ」


「……私ひとりで。牙の姫は相応に手強いと聞きますが」


「嫌ならやめればいい。……使えない道具を、うちは置かない」


それが、桜蛇会の“常”だった。

道具には代わりが利く。忠実であるほど、容易く。


咲間は、糸のように目を細めて笑ってみせる。

何も思っていないように。まるで、空の器のまま。


「──拝命、光栄に存じます」


その声の底で、胸の奥がかすかに軋む。

それもまた“不要な感情”として切り捨てる。


(任務だ。道具として命令に従う。ただそれだけ。壊れたら、そこで終い)


ただ、それだけ──

少なくとも、このときまでは。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ