【Scene05:静寂の端末】
──カツ、カツ、カツ。
硬質な足音が、情報端末の光に縁取られたフロアに響いた。
クロノはすでに作業台に座っていた。
複数のホログラム・ウィンドウを並行操作し、手元の紅茶に指を伸ばす。
「……扉、また蹴った?」
「知ってんだろ。クセだよ」
ウィステリアは答えると同時に、グレイヴから渡されたファイルを机に放った。
クロノは小さくため息をつき、ウィンドウの一枚をスワイプして内容を展開する。
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コードネーム:《ゴースト》
所属:牙・他支部(識別未開示)
容疑:命令違反/敵組織《百目羅刹》との接触
指示:処分対象
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「処分、か……。また重い任務だな」
「いつも通りよ。腐ったなら、落とすだけ。…新しい毒もあるしな。」
クロノはモニターから目を離さず、口を開く。
「……この《ゴースト》、三週間前に“記録上では事故死”になってる」
ウィステリアの目が細まる。
「それ、どういうこと?」
「表層データは“既に死亡”。でも今日の命令でファイルが再アクティブ化。
つまり“死んでるはずのやつ”が、いまも動いてる」
「……記録が改ざんされた?」
クロノの指先がホログラムの一点を弾いた。
「可能性は高い。
それだけじゃない──アクセス権が本部じゃない」
「……外部?」
「**The Cage(横浜支部)**からの操作ログが残ってる」
ウィステリアは煙草の火を落とし、静かに言う。
「じゃあ、本当に“牙”のどっかが腐ってるってことね」
クロノが再びウィンドウを操作し始めた、そのとき──
「おーい、紅茶タイム終わったー? 姉さーん!」
軽い声が唐突に飛び込む。
「……うるさい。何の用」
背後の扉から顔だけ覗かせたのはヨル。
藍の髪、茜の瞳。爆薬と衝動の化身は、情報フロアの重さをたやすく揺らす。
「いやー、姉さんがシリアス顔してるって聞いたから、来た!」
「スパイかお前は」
「クロノが“任務重い”って呟いてたもーん」
クロノは視線を外さず、口だけで返す。
「俺は“呟いた”つもりはない」
「じゃあ心の声がうるさいんだって!」
ヨルはにやりと笑い、机に身を乗り出してファイルを覗き込む。
……数行目で、その笑みがすっと消える。
「……《ゴースト》って、ファングスの人間?」
「他支部のな。処分命令、出てる」
ウィステリアの声は変わらない。
だがヨルの瞳がわずかに揺れたのを、クロノは見逃さなかった。
「姉さん、それ──殺すの?」
数秒の沈黙。
「……ああ」
ヨルは何かを言いかけて、飲み込んだ。
彼はまだ、“誰も殺していない”。
牙の一員でありながら、その手が血に染まったことは、一度もない。
ウィステリアは立ち上がり、ため息とともに煙草を灰皿に押しつけた。
「レインといってくる。」
何も言い足さず、廊下へ歩き出す。
ヨルはその背を見つめ、迷子のような表情で、静かにファイルを閉じた。




