【Scene14:Stray Dog】
廊下は、出撃明けの夜よりも静かだった。
ウィステリアと並ぶアリステアの足音だけが、The Echo の床に薄く残る。
重い金属扉の前で、ウィステリアは踵で一度だけ強く押し開けた。
鈍い音が吸い込まれる。薄いカーテン。抑えられた照明。
分厚いガラスの卓上には、戦術マップが淡く浮いている。灰皿には火の消えかけた煙草。
椅子にもたれた男が、視線を上げずにぼそりと落とす。
「……また、捨て犬か」
アリステアの目がわずかに細まる。先に声を置いたのは、ウィステリアだった。
「違う。彼は、自分の足でここに来た」
沈黙が一枚、室内の空気に重なる。
グレイヴは煙草を灰皿に押しつけ、面倒そうに肩をすくめてようやく正面から見た。
「……だったら、責任はお前が取れ」
「ええ。取ります」
応じたのはアリステアだ。柔らかいが、揺れない声音。
襟元でチェーンが小さく触れ、彼はまっすぐに続けた。
「彼女が道を進む限り、僕はその隣に立ちます」
迷いのない眼差しを、グレイヴは鼻で笑って受け流す。椅子が軋む。
「好きにしろ。いまさら一匹増えたところで、吠える声が増えるだけだ」
背を向け、煙の匂いだけを残して歩き出す。
残された静けさの中で、ウィステリアがわずかに口元を和らげた。
「……歓迎する、アリステア」
アリステアは深く頭を下げる。
ここで生きる、と決めた。捨て犬ではない。牙の名のもとに並ぶ者として。




