【Scene13:誓約の儀】
崩落の熱が引き、夜風だけが瓦礫を撫でていた。
背を向けて立つウィステリアの耳に、落ち着いた声が届く。
「……名前を、まだ名乗っていなかったね」
彼女が振り返る。淡い塵が髪に降り、瞳だけが冴えている。
アリステアは一歩、正面へ。
「僕の名は、アリステア・如月。
かつて《百目羅刹》の研究主任として多くを失い――いま、君に拾われた者だ」
名が静かな空気に沈む。
ウィステリアは短く息を混ぜて応じた。
「私はウィステリア。
記憶を紡ぎ、想いを壊させないためにここにいる。
――ただの女。それでも、戦う覚悟はある」
それだけで十分だった。言葉よりも視線が交わる。
アリステアは膝をつく。
襟元のチェーンがかすかに音を立て、胸もとで十字架が光る。
掌でその冷たさを確かめ、彼女の前に手を差し出した。
「ウィステリア。
君の声が、僕を人間に戻した。
君の手が、僕をここへ連れ戻した」
そっと、その指先を取る。
騎士の作法で、甲にかすかに唇を触れさせた。誇示ではなく、約束として。
「この命は君に捧げる。
たとえ世界を敵に回す日が来ても、君の選ぶ道のそばに立つ。
剣にも、盾にもなる――それが僕の償いで、願いだ」
夜が一段と深くなる。
ウィステリアは彼を見下ろし、口元の硬さをほんの少しだけ緩めた。
「……本当に従うなら、覚悟して。私は後戻りしない。
生きて、見届けて。すべてを」
アリステアは立ち上がる。迷いのない目で頷いた。
「分かっている。ウィステリア。
君の未来がどれほど茨でも、すべてを共に受け止める」
風が瓦礫の間を抜け、粉塵が星明かりにきらめく。
ふたりの影が寄り、離れ、また重なる。
ここで交わされたのは、勝利の祝詞ではない。
失われたものに対する弔いと、これから護るものへの誓約だ。
その誓いは、壊れた天井の向こうの夜空に刻まれ、
静かに、確かに――物語の結末へ歩を進めていく。




