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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
3章 『解体』
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【Scene10:残響】



薄暗い制御室に、青白いホログラムがゆらぐ。

開かれたログのひとつが記録再生を促していた。


──メタ:記録ファイル

 【件名】個人記録/主任宛メッセージ

 【作成者】カノン・シラトリ(花音)

 【形式】映像・音声/内部配布未承認


アリステアが再生に触れる。空間に、軽やかな声が満ちた。


「テスト、テスト。……よし、録れてる」


モニターに映るのは、栗色の髪を後ろでまとめた女性。

白衣の袖をまくり、いたずらっぽい笑み。瞳は温かく、芯がある。


「ねえ、主任。これを見てるってことは、私はもうここにいないんだと思う。

 それでも、あなたの中に“何か”が残るように――ちゃんと残しておくね」


花音はふっと目を細める。


「主任のコーヒー、苦いんだもん…。いつも言ってたでしょ、私。 『お子様な舌で悪かったですねー』って。覚えてる?」


机の上のカップがカランと鳴る。


「私ね、“記憶”ってただの記録じゃないと思ってる。

 誰かを好きになったこと、心で震えたこと――それは存在の証だと思うの」


笑顔が少しだけ寂しげに揺れた。


「もし私のことが全部消されても、誰かが覚えていてくれたら、それでいい。

 あなたが、一人でいいから、思い出してくれたら――」


息が震える。声が少しだけ掠れる。


「それが、私にとっての救いなんだ」


映像が静かにフェードアウトする。


沈黙。

ウィステリアは言葉を持たず、アリステアの横顔を見守る。


彼は動かない。背筋は伸びたまま、指先だけが強ばる。

襟元のチェーンが、胸もとでわずかに触れ合った。呼吸が一拍、浅くなる。


声が出ない。

唇が言葉を探すたび、音になる前に消える。


それでも視線はスクリーンを離れなかった。

誰かを想い、誰かに想われた証に、いま確かに心が触れている。


アリステアは、静かに立ち尽くしていた。

記録の残響だけが、室内の青白い光に混じっていた。



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