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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
3章 『解体』
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【Scene09:鍵を持つ者たち】



無機質な白のパネル。天井まで伸びるデータカプセルの列。

音はない。電子パネルの微かな律動だけが続く。


クロノが中央制御端末にコードを差し、層を次々に展開する。


「……この記録階層、明らかにおかしい。個人IDに紐づくログが断絶してる。通常の“退職”処理じゃない。誰かが“記録そのもの”を削ってる痕跡だ」


後方でレインが腕を組む。


「……情報の墓場ってわけか。痕跡ごと消すやり口、腹立つな」


ウィステリアは壁際のスキャンを見つめる。

登録名のない欠番データが、静かに点滅していた。


──記録上“存在しないはず”の人間の、断片。


「……消された“記憶”を掘り起こせるなら、ここしかない」


クロノが更に踏み込む。だが──


──アクセス拒否:オーソリティ不足

──要求権限:主任以上


「……レベルが違う。“主任権限”じゃないと、これ以上は無理だ」


その時、背後から足音。


「……なら、私がやろう」


振り返ると、アリステアがいた。

照明の下、静かな眼差しで端末を見据える。その歩みに、迷いは見えない。


クロノが低く問う。


「どうして……」


アリステアは目を細める。


「わからない。……でも、知りたいと思った。ここに何が隠されているのか。私が、何を見落としてきたのか──知りたくなったんだ」


ウィステリアがゆっくり近づく。


「あなたが“思い出す”ことができたなら。この研究所の罪は、あなたの手で明らかになる」


アリステアの視線が揺れる。


「……“罪”?」


「ええ。記憶はね、“消せば消える”ものじゃない。残るのよ、忘れたくない気持ちの中に」


その響きに、彼は息を止めた。

誰が言った言葉だったのか──思い出せない。けれど胸の奥にだけ、確かに残っている。


「なら、あなたにしか開けない“鍵”がある」


ウィステリアの一言に、アリステアは頷き、端末へ手を伸ばす。


──認証開始:主任権限

──認証結果:成功

──封印階層:解錠


封印された記録層が、ゆっくり展開していく。

名のない断片。削除済み会話ログ。抹消されたID。痕跡だけの“彼女”。


ウィステリアが息をのむ。


「……花音……?」


その名に、アリステアの指が止まる。記憶はまだ戻らない。

ただ、内側で“何か”が目を覚まし始めていた。


クロノが表示を重ねる。


──抹消待ちエントリ

 【対象】カノン・シラトリ

 【職位】副主任研究員

 【状態】権限削除/存在ログ破棄処理中

 【可視性】0(組織内検索から非表示)

 【関連】主任記録:同時期“修復処理”複数回


レインが小さく舌打ちする。


「やっぱりな。加害者であり、被害者でもあるってことか」


ヨルは黙ってモニターを見つめ、名を胸の内で反芻した。花音。


ウィステリアが短く告げる。


「先に進めるのは……あなたしかいない」


アリステアは無言で頷き、さらに深部へアクセスした。


──記憶の扉が、開こうとしていた。



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