【Scene08:記録】
無機質な白いパネル。天井まで届くデータカプセルの列。
音はない。緊張だけが、静かに張り詰めている。
クロノが端末を接続し、指先だけが滑る。
──接続:確立
──権限:管理者偽装(位階:高)
──対象DB:記憶改編履歴
──件数:おびただしい
レインとヨルは入口と死角を分担して見張る。
ウィステリアは、最奥の端末の前に立った。
「……これが、“記憶”を壊してきた中枢……」
クロノの手が止まる。
「アクセス成功。改ざん履歴……想像以上だ」
ウィステリアが眉をひそめる。
「“消去”じゃない。“上書き”。……本人が自分の記憶を“信じ直す”ように、流れを書き換えてる」
レインが低く息を吐く。
「……こんなもん、救いでもなんでもねぇ。ただの――洗脳だろ」
ヨルのまなざしが沈む。
「ひどすぎる……無理やり忘れさせるなんて」
ウィステリアの視線が、一つのログで止まった。
──ログ:抹消待ちエントリ
【対象】カノン・シラトリ
【職位】副主任研究員
【状態】アクセス権限削除/存在ログ破棄処理中
【関連】対人接触履歴:制限中
【備考】可視性スコア:0(組織内検索に非表示)
「……花音」
レインが眉を寄せる。
「誰だ、それ?」
「たぶん……“消された”人。存在ごと、最初からいなかったみたいに」
「消された……存在ごと……? そんな……」
クロノが別スレッドを開く。
「時系列を突き合わせる。同時期に主任の記録が複数回“修復処理”……断続的に改ざん。……彼も書き換えられてる」
レインの口元がわずかに歪む。
「じゃあ――あいつ、加害者であり被害者ってわけかよ」
ウィステリアは静かに頷いた。
「……このログ、全部コピーして持ち帰る。“この場所”の存在そのものを、記憶に残すために」
クロノが実行を叩く。
──ミラー開始:全履歴/差分優先
──進捗:34%→67%→……
──妨害信号:微弱/無視
レインは入口で肩越しに問いを投げる。
「撤収ラインは?」
「完了しだい。痕跡は残す――“証拠”として」
ヨルは小さく頷き、もう一度ログの名を見つめた。
花音。そこに“いた”という事実の重さが、冷たい室内でだけ温度を持って響く。
外では、細い警報が続いている。
この瞬間、彼らは確かに“世界の嘘”に触れていた。怒りだけではない、失われた想いへの哀しみとともに。




