【Scene07:綻び】
ウィステリアたちの足音が遠のく。
アリステアはその場に立ち尽くした。さっき投げかけられた言葉が、心の底のどこかをかすめていく。
「主任! 無事でしたか!」
白衣の若手――白川が駆け寄る。息は上がっているが、目は業務の手順に従っている。
「さっきの爆音……まさか侵入者なんて……主任、あれは本当に――」
言いかけた白川の視線が、廊下の奥へ滑る。
去り際のレインの背中。
「……先日の、国の視察の方……?」
ぽつりと落ちた一言に、アリステアのまぶたがわずかに揺れた。
「……視察?」
「ええ、先週いらしたじゃないですか。突然でしたけど、報告も――あれ?」
白川の表情が曇る。
「……おかしいな。主任、視察の件、覚えてません?」
胸の内側で、何かが引っかかった。
予定に視察はなかった。報告を確認した記憶もない。
なのに、白川は自然にそう言う。
──ログ:外部通達/種別:特例(該当記録なし)
──証言:白川/視察員来訪(先週)
アリステアは乾いた声で答える。
「……覚えていない、のかもしれない」
言いながら、自分の声色に自分で驚く。
襟元のチェーンが胸もとで触れ合い、一分遅れの壁時計が、正確に遅れたまま進む。
遠くで、彼らの足音はもう聞こえない。
それでも胸の奥で、小さな音が鳴った。
――今、ほどけた。




