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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
3章 『解体』
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【Scene06:侵入】


爆音の直後、研究所のメインフロアは騒然としていた。

だがその混乱は、“何が起きたのか分からない”者たちのざわめきに過ぎない。

侵入――そんな発想は、誰の頭にもなかった。


廊下を駆ける白衣。

「火災?」「実験暴走?」「警報は……鳴ってない?」

誰も答えを持たない。誰も「襲撃」とは言わない。ここは安全であるべき場所だから。


──ログ:衝撃検知/レベル:中

──アラーム:未作動/非常灯:点滅

──セキュリティ:限定モード


中央管制室の扉が、音もなく開く。

先陣はウィステリア。続いて、レイン、クロノ。影にヨル。


黒の戦闘服に身を包んだヨルの表情は張り詰めている。

一歩ごとに、何かを確かめるような静かさと慎重さ。


「……ここが、“書き換え”の温床ってわけね」


ウィステリアが呟く。クロノは即座に端末へアクセス。


「裏階層に“メモリ管理室”がある。消去・改ざんの履歴が集中している。……ここが本丸だ」


レインが肩越しに苦く笑う。


「さて、どんな“神様気取り”が出てくるか、見ものだな」


「……あなた方は、何者ですか?」


廊下の向こうから、一人の男が現れた。

銀髪、整った身なり。研究所の制服のまま、驚きの温度が欠落した男性――アリステア。


彼は警備ではない。だが、歩みには揺るぎがない。

声は日常の延長にあるようで、非常事態の音色を帯びていない。


「あなたたちが何者で、何の目的で来たのかはわかりません。……ですが、ここには“研究員”しかいない。攻撃の意図がないのであれば、まずは話を──」


「話すだけの信用があると思う?」


冷たく鋭いウィステリアの声。

アリステアは怯まず、一歩前へ。


「あなたが怒っている理由も、“奪われたもの”があるのだろうと推察はできます。……なら、僕は研究主任として、その責任を果たす義務があります」


「主任……じゃあ聞く。記憶を操作して、誰かの人生を塗り替えるのが、“研究”だっていうの?」


一瞬、アリステアの眉がわずかに動く。すぐに答える。


「……僕たちは、“世界の秩序のため”にここにいる。その信念は、全員が共有しているはずです」


ウィステリアの目が細くなる。

背後で、ヨルが顔を上げた。


「……あんた」


アリステアが視線を向ける。ヨルの目はまっすぐだ。憎しみより、問い。


「……あんたさ、“誰かの記憶”を消したこと、あるの?」


アリステアは目を見開き、言葉を失う。


「誰かの名前、顔、手の温かさ……そういうもん全部、“数字”で消してきたんだろ」


怒号ではない。静けさが、刃になる。

その静けさが、アリステアの内に何かを突き刺す。


「記憶ってのはな、誰かにとっての“生きた証”だろ」


ヨルが絞り出すように言う。


「俺から……“姉さん”を消そうとした奴らと、同じだ」


ウィステリアが一歩前へ。


「ここは、思い出すために壊す。──あんたたちが忘れた“罪”のために」


レインが横に並び、短く添える。


「“正義”のつもりでも構わねぇ。でもな、俺たちは“過ちを正す側”だ」


クロノの端末が震え、短報が流れる。


──通信:メモリ管理室、侵入開始


ウィステリアが静かに頷いた。

ヨルはただ、アリステアの表情を見つめる。思い出せ――言葉にしない願いを込めて。


四人の足音が、研究所の深部へと沈んでいく。

偽りの正義の中心へ。



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