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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
2章 『姉弟』
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【Scene14:帰還】



深夜の風が吹き抜ける高架下。

待機車両のアイドリング、無線のノイズ、遠いブーツ音。──それらがかえって静けさを強調していた。


〈無線報〉【百目羅刹 新宿一次拠点:牙により殲滅完了】

牙に手を出した者は、決して許されない。それほどに、牙は強かった。


ウィステリアはヨルの身体を支え、ゆっくり歩く。

まだ完全に意識の戻らないヨルは、肩へ体重を預ける。


「……あんた、ほんと重くなった。」


苦笑まじりの声に、ヨルの指先が微かに動く。


「……わ、悪い……俺、ちゃんと歩けるって……」


「歩けてないけど。」


少し意地悪に返す声。けれど、その手はどこまでも優しく、確かだ。


「……姉さん、さ……」


ヨルがぽつりと零す。疲れと、くすぐったい照れのにじむ声。


「なんで、そんな……すぐに来てくれるんだよ……」


「“すぐ”じゃなかった。……間に合わなかったら、どうしようって思った。」


風が一瞬抜け、ウィステリアの髪影がヨルの頬にかかる。


「……ほんと、バカだな、俺……」


そう呟くと、ヨルは彼女の肩に顔を埋め、わざと力を抜いて身を預けた。


「ちょ、ちょっと、甘えすぎ。自分で歩きなさいよ」


「だって今だけだし……もうちょい……だけ……」


足が止まる。それでも怒らず、ウィステリアは静かに背をさする。


少し距離を置いて、レインとクロノが続く。


レイン:「……完全に“姉”と“弟”じゃなくなってんな」

クロノ:「……どちらかというと、“男”と“女”の空気に近い」

レイン:「ま、無事に戻ったんだし、野暮は言わねぇさ」


クロノは無言で頷いた。


──《ファングス》は、ふたたび一つになった。

だが、戦いはまだ終わっていない。本当の敵は、もっと奥にいる。

それでも今だけは、この帰還が、確かな勝利だった。



______________________


ウィステリアの肩は、少し冷たい。

けど、安心する匂いがして、心臓の音がゆっくり落ち着いていく。


──姉さん、来てくれたんだ。


あの白い部屋に声が響いたときは、夢かと思った。幻かと思った。

でも今、触れている。この腕の力も、この歩幅も──ほんものだ。


「……なんで、そんなすぐ来てくれるんだよ」

そう言ったけど、本当は知ってる。

あの人は、きっと俺が叫ぶ前から、助けに来る準備をしてた。


俺は、守られてばかりだ。

姉さんはいつだって前を歩き、強くて、迷いがなくて。ずっと──かっこいい背中だった。


けど。


(……俺も、いつか)


言葉にならない何かが、胸の奥で膨らむ。

「姉さん」じゃなく、もっと隣に立てる誰かになれたら──一瞬だけ、そう願った。


──今はまだ、“弟”だけど。

でも、ずっとじゃない。

この手で、いつかちゃんと、その手を掴めるようになりたい。


夜風が吹く。

肩越しに見える彼女の横顔は、少し遠くて、少し眩しかった。



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