【Scene14:帰還】
深夜の風が吹き抜ける高架下。
待機車両のアイドリング、無線のノイズ、遠いブーツ音。──それらがかえって静けさを強調していた。
〈無線報〉【百目羅刹 新宿一次拠点:牙により殲滅完了】
牙に手を出した者は、決して許されない。それほどに、牙は強かった。
ウィステリアはヨルの身体を支え、ゆっくり歩く。
まだ完全に意識の戻らないヨルは、肩へ体重を預ける。
「……あんた、ほんと重くなった。」
苦笑まじりの声に、ヨルの指先が微かに動く。
「……わ、悪い……俺、ちゃんと歩けるって……」
「歩けてないけど。」
少し意地悪に返す声。けれど、その手はどこまでも優しく、確かだ。
「……姉さん、さ……」
ヨルがぽつりと零す。疲れと、くすぐったい照れのにじむ声。
「なんで、そんな……すぐに来てくれるんだよ……」
「“すぐ”じゃなかった。……間に合わなかったら、どうしようって思った。」
風が一瞬抜け、ウィステリアの髪影がヨルの頬にかかる。
「……ほんと、バカだな、俺……」
そう呟くと、ヨルは彼女の肩に顔を埋め、わざと力を抜いて身を預けた。
「ちょ、ちょっと、甘えすぎ。自分で歩きなさいよ」
「だって今だけだし……もうちょい……だけ……」
足が止まる。それでも怒らず、ウィステリアは静かに背をさする。
少し距離を置いて、レインとクロノが続く。
レイン:「……完全に“姉”と“弟”じゃなくなってんな」
クロノ:「……どちらかというと、“男”と“女”の空気に近い」
レイン:「ま、無事に戻ったんだし、野暮は言わねぇさ」
クロノは無言で頷いた。
──《牙》は、ふたたび一つになった。
だが、戦いはまだ終わっていない。本当の敵は、もっと奥にいる。
それでも今だけは、この帰還が、確かな勝利だった。
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ウィステリアの肩は、少し冷たい。
けど、安心する匂いがして、心臓の音がゆっくり落ち着いていく。
──姉さん、来てくれたんだ。
あの白い部屋に声が響いたときは、夢かと思った。幻かと思った。
でも今、触れている。この腕の力も、この歩幅も──ほんものだ。
「……なんで、そんなすぐ来てくれるんだよ」
そう言ったけど、本当は知ってる。
あの人は、きっと俺が叫ぶ前から、助けに来る準備をしてた。
俺は、守られてばかりだ。
姉さんはいつだって前を歩き、強くて、迷いがなくて。ずっと──かっこいい背中だった。
けど。
(……俺も、いつか)
言葉にならない何かが、胸の奥で膨らむ。
「姉さん」じゃなく、もっと隣に立てる誰かになれたら──一瞬だけ、そう願った。
──今はまだ、“弟”だけど。
でも、ずっとじゃない。
この手で、いつかちゃんと、その手を掴めるようになりたい。
夜風が吹く。
肩越しに見える彼女の横顔は、少し遠くて、少し眩しかった。




