【Scene13:獣】
「ヨル——————!!!!」
叫びが、監視フロアの空気を裂いた。
それは言葉ではない。怒りと焦燥と、断固たる意志が混じった“猛獣”の咆哮だった。
外扉の前でレインのブリーチが炸裂し、観測室の分厚い扉が内側へ弾ける。
煙の中、先陣で現れたのは黒い戦闘服のウィステリア。瞳に血のような怒りを宿す。
「お前……ヨルに何をした?」
低く、静かに。だが声には氷の殺気が滲む。
百目羅刹の操作官が狼狽し、数歩下がる。
「ッ……ば、バカな、どうしてここが──!」
背に並んだレインが口角をわずかに上げる。
「こちとら“匂い”でわかるんだよ。ヨルがどこで泣いてるか、な」
クロノは無言で操作卓へ走り、手を滑らせる。
「記録ログの消去はさせない。……情報はすべて回収する」
視線だけで指示が飛び、**《牙》**が散開した。
ウィステリアは答えず、観測窓の前へ。
その向こう、白い処理室でヨルが彼女を見ている。
破れた服。血のにじむ拳。けれど彼は、笑った。
「……姉さん、来たんだな」
ウィステリアの手がわずかに震える。恐れでも、迷いでもない。
「遅くなってごめん。…間に合って良かった…!」
ガラスに指を当て、静かに告げる。
「もう少しそこに居て。……今、片付ける」
振り向いた眼差しは、もう処刑人だった。
操作官が乾いた笑いをこぼす。
「……くく! そんなに大切か、“殺せない”弟が……!」
その言葉に、ウィステリアの目が細くなる。
次の瞬間、毒針が閃き、操作官の喉元を正確に射抜いた。
「──あの子は、お前が触れていいほど、汚れた存在じゃない」
針を静かに引き抜き、最後に告げる。
「……残念だったな。“姉”は、ここにいるよ」
操作官が崩れ落ちる。
ウィステリアは観測窓へ視線を戻し、ヨルに微かな笑みを返した。
「待たせたな、ヨル。……さあ、帰ろう」
非常警報に連動してロックが外れ、白い部屋の扉が開く。
ヨルがかすかに立ち上がり、崩れそうな身体で彼女へ笑いかけた。
「……姉さん、やっぱ……来てくれるって、信じてた」
ウィステリアは二歩、三歩と近づき、彼をそっと抱きとめる。
その胸に、温もりが戻っていった。
二人の間に、もう言葉はいらない。
──私は、お前の姉だから。
その誓いは、誰にも壊せない。




