【Scene12:偽りの姉】
白壁がふたたび淡く光り、ホログラムの像がゆっくり立ち上がる。
そこに現れたのは──ウィステリア。だが、その瞳はいつもの鋭さでも温度でもない。感情の抜けた笑みだけが貼りついている。
> 『ヨル。あなたは、もう私の弟じゃないの』
「……っ」
胸が痛む。だが、拳を握り直す。
> 『私はね、“ファングス”なんかよりも、彼らの方が正しいと思ってるの』
「……やめろ……」
> 『だから、あなたを守る理由なんて、もうどこにも──』
「やめろって言ってんだろぉぉぉ!!」
椅子が後ろへ吹き飛び、ヨルは吠えるように立ち上がる。
「そんなの、あの人じゃねぇ!!」
偽物に、体は震える。だが──心は揺れない。
「“姉さん”は、俺のために戦ってくれた。全部、本物だった。……そんなの、てめぇの都合で作れるもんかよ」
──精神状態:臨界値 接近
──抵抗レベル:突破 目前
白い部屋の外、操作卓に身を伏せた百目羅刹の操作官が、パネルを乱打する。
「こいつ……まだ折れねぇのか。なら、次は──」
映像が切り替わる。
ウィステリアが誰かを刺す。それも、ヨル自身を──
しかし、ヨルは眉ひとつ動かさない。
「……勝手に、やってろ」
低く吐き、白壁の正面まで歩み出る。
「俺の“記憶”は……俺の“姉さん”は……てめぇらが書き換えられるもんじゃねぇ!!」
叫びが反響し、天井照明がバチンと破裂。
スプリンクラーが異常作動で霧を噴き、警告音が重なる。
──精神干渉:完全 遮断
──記憶操作:無効化
──施設エラー:発生 中
そのとき、床下からわずかな振動。
ズン──と響く足音が、遠くから近づいてくる。
“姫”が来る。
心が、そう告げた。
「……あぁ。やっと、戻ってくる」
ヨルが呟く背後で、非常警報に連動してロックが外れていく音がした。




