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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
2章 『姉弟』
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【Scene11:記憶撹乱施設 “白の箱”】


視界に色はない。

壁も、床も、天井も、すべてが白。

音源の位置すらわからない薄い反響だけが、均一の静けさを汚している。


ヨルはその中心に座らされていた。

椅子は固定されていない。手足も縛られていない。


それでも立てない。空間そのものが、足許から均衡を奪っていく。


天井の淡光が無感情に明滅し、正面の白壁がモニターへ転じる。

まるで“記憶を実地で再生する”かのように、映像が流れ始めた。


> 『ウィステリアは、君を守るために戦っていると思っていた?』




「……思ってた、じゃねぇよ」


掠れた声。だがまだ芯がある。


> 『ではなぜ──あのとき、君を置いて逃げた?』




「逃げてねぇ……!」


拳を握り、立ち上がろうとする。

だが身体が重い。記憶と現実の境界が、足元を濁らせる。


> 『彼女の選択が、正しかったのか?』

『君の存在は、“代替可能な歯車”だったのでは?』

『思い出して。──誰が君を抱きしめた?』




沈黙。

ヨルの瞳が、わずかに揺れる。


──姉さんは、そんなやつじゃない。


だが映像は、偽の記憶を本物の文法で流し込む。編集された“もう一つの真実”が、ひたすら白の上に重ねられる。


──心が、擦り切れていく。


「……俺は」


声にならない声で、言葉をつかむ。


「俺は、……“あの人に、助けられた”んだ」


ガシッ。

ヨルは椅子を蹴るように立ち上がった。膝は震えても、視線は落とさない。


「俺は──あの人の“弟”だ。それだけは、書き換えられねぇ」


その言葉が空間に響いた瞬間、照明がバチンと一度だけ強く明滅する。


──記録ログ:精神抵抗レベル 上昇

──記憶操作:失敗



_____________________


強化ガラス越し。真っ白な処理室を監視する黒いフードの百目羅刹操作官が、舌打ちを落とす。

グローブの手がパネルを乱暴に叩くたび、画面に赤い警告が点滅する。


> 【記憶改ざん:失敗/対象意志力 想定超過】

【再構築率:6% 効力:不完全】

【補助薬物:効果 限界域】




「……使えねぇガキだな」


タブレットを投げ、背後へ声を飛ばす。


「補助班、次の投与を──」


言葉が途中で止まる。

記録モニターのヨルが、再び顔を上げた。何を見せても揺れない。何度“書き換え”ても、姉だけは壊れない。


「……そうか。じゃあ、次は“あの女”を見せてやるか」


冷たい声音で囁き、操作官はスイッチを切り替える。

ホロ画面に浮かぶウィステリアの姿──ただしそれは現実ではない、百目羅刹が“創った”像。


「──今度こそ、壊れてもらう」


指先がタッチパネルを押し込む。

照準がゆっくりと“白の箱”の内部へズームしていった。



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