【Scene10.5:目覚め】
──重い。
でも、意識はある。
目を開ける前からわかる。冷たい空気。金属の匂い。皮膚に食い込む帯の圧。
ゆっくり瞼を上げる。
白い天井。淡い光。
耳の奥で、低い機械音が唸っている。
「……チッ、やられたか」
息を吐いて動こうとする──が、身体は固定されていた。
手首、足首、胸。
しっかり締められている…わずかに指先が痺れる。
「……ったく、姉さんにまた怒られんぞ、これ」
苦笑が漏れる。記憶は飛んでない。
姉さんの声。目の前の影。
麻痺針の刺さる感触まで、ちゃんと残ってる。
──敵の拠点。
──俺は囮にされた。
状況はわかってる。立場も。
だけど、負けてない。
「“記憶書き換え”とか……冗談じゃねぇ」
口にして、気持ちを定位置に戻す。
足音。
視界の端にフードの男が現れる。白衣。手には記録装置。
顔は影に隠れているが、口元の癖だけは見えた。
「……まだ落ちないのか。ふむ、しぶとい」
薄く笑う声。
「ま、焦らなくていい。どうせ、すぐ“自分が誰か”わからなくなる」
俺は目を細め、はっきり返す。
「そうか? 俺ははっきりしてるけどな。……ウィステリアの弟分、“ヨル”だよ」
男が一拍、黙る。
「記憶ってのはさ、壊れやすいくせに、しぶといんだよ」
拘束されたままでも、視線は逸らさない。
「……いじってみろよ。“書き換えられねぇ”記憶、きっとあるからさ」
男が近づき、針が腕に刺さる。
冷たさが血管を這い、鼓動のリズムがわずかに乱れる。視界の輪郭が滲む。
意識が──再び、沈んでいく。




