【Scene10:突入直前】
廃墟ビルの外縁、かつてショッピングモールだった区画の地表に、封鎖された地下鉄のサービスハッチが口を開けている。
街灯の届かない暗がり。黒ずんだ瓦礫とガラス片。鉄と湿気の匂いが肌に貼りつく。周囲では牙別支部の小隊が低い声で位置を確認し合い、外周を固めていた。
クロノは手首端末にホロマップを展開し、赤いマーキングを指でなぞる。
「……敵の離脱ルートは三つ。消えた気配はこの地下鉄遺構。ここに百目羅刹の一時拠点があると見る」
投影が淡く光り、地中の断面構造が浮かぶ。
「各部隊、配置に移れ。南西アクセスはレインが先導。北側メンテ階段からは《アルゴ》班が補足に入る」
クロノは視線を落とさず、続けた。
「主突入はここ──サービスハッチからの直降下。……そこはウィステリアの担当だ」
「了解。盾も火力もいらない。──私が行く」
ウィステリアの声は静かだが、奥に熱を宿していた。
「警戒すべきは“記憶改ざん装置”。使われる前に潰す。敵主力が出てきた場合、集合、最優先で“ヨルの確保”を」
レインが舌打ちし、ナイフを弄びながらぼやく。
「ったく……普通の殴り合いじゃねぇんだよな、あいつら」
「だけど、どれだけ歪んだやり方でも──生身で来る限り、“叩き潰せる”ってことだろ」
ウィステリアが前を向く。その言葉に、レインが薄く笑った。
「姫様、らしいな」
「……名前で呼べ。いい加減」
クロノが全員へ向けて遮るように告げる。
「ヨルは生きている。だから“お前らが”殺すな」
空気が一瞬、硬く締まる。
「最終確認。牙全隊、準備はいいか」
「応」
クロノの端末が静かに点灯した。
> Operation Code: GR-88 ──突入開始。
ウィステリアが一歩、ハッチの闇へ足を踏み入れた。




