【Scene09:静寂の車内】
牙の専用車両が、深夜の都心を滑る。
窓の外を、廃墟化した高層ビル群が流れていく。
闇に、無数の街灯がうすく滲む。車内は低いエンジン音と空調のさざめきだけ。
後部シート。ウィステリアは背もたれに浅く腰をかけ、黙って外を見ていた。
顔を伏せず、目を逸らさず、焦点の合わない視線のまま──手袋の縁を、静かに指でなぞる。
隣で、レインがそっと口を開く。
「……何か言えって、迷ったけどよ」
沈黙。
「やっぱやめとく。“言葉で癒せる”段階は、とっくに過ぎてるもんな」
笑いにもならない独り言。
ウィステリアはふと窓から目を離し、彼を一瞥する。
「……話すなら、今のうち。突入後は全部“音”になる」
小さく苦笑して、レインが肩をすくめる。
「らしいな、“姫様”は」
「……その呼び方はやめて、あんたが言うと調子狂う」
返事はすぐには来ない。
数拍の静けさのあと、レインがぽつりと漏らす。
「……弟分ってのはな、いつの間にか、家族みたいなもんになるんだよ」
ウィステリアは黙っている。
「だから、あいつがいなくなって……お前が“あんな目”してたの、正直怖かった」
「……今も似たような目だけど。見てわかんない?」
「いや、今は違う。……ちゃんと、“前に進む奴の目”だ」
その言葉に、ウィステリアはわずかに目を細めた。
前方、運転席のクロノがミラー越しに告げる。
「……あと二分。着くぞ」
空気が切り替わる。
ウィステリアは小さく頷き、手袋を締め直す。毒針リングが、わずかに鳴った。
レインも腰のナイフに手を添え、最後にひと言。
「取り返そうぜ。“家族”なんだからよ」
冗談はなかった。
あるのは、戦う覚悟と、信じる意志だけ。
車内の空気が張り詰めていく。
やがて──目的地が、視界に入った。




