【Scene08.6:誓い】
**The Echo(記憶の残響)**南ブロックの準備室。
静まり返った空間に、シャツの布が擦れる音だけが浮いていた。
金属ロッカーが並び、冷たい白色灯が床のラインを薄く照らす。
ロッカーが重い音を立てて開く。
ウィステリアは無言で装備を身につける。肩にホルスター、背へスリングベルト。
動きは手慣れている──ただ、その指先はいつもよりわずかに硬い。
鏡の前で立ち止まり、視線を上げる。
烏羽色の髪に光がかすかに差し、頬を斜めに撫でた。
迷いは、置いてきたはずだった。
ヨルの顔が浮かぶ。
気を失ったまま腕に奪われた瞬間。躊躇した自分…届かなかった手。
焦燥と怒り、悔しさ──それでも進み続ける理由。
「……ここまで来て、私が崩れるわけにはいかないでしょ」
自嘲のように呟き、左手の指に毒針リングを装着する。
カチリ。胸の奥で何かが締まる。
この手で守れなかった。
ならばこの手で、奪い返す。
ウィステリアは一歩、鏡へ寄る。
真っ直ぐに瞳を覗き込む。
怒りを封じ、恐れを殺し、それでも燃えている目がそこにいた。
「……わたしは、お前の姉だから。取り戻すよ、“弟”を」
声にした言葉は、独り言ではない。
自分へ、仲間へ向けた静かな誓いだった。
鏡の横の棚に、黒いポーチ。
彼女はそれを開く。
中には、折れた小さなナイフ。
かつてヨルが実技訓練で使い、「危ないから預かっとく」と笑って、そのまま返さなかったもの。
それを胸ポケットへそっとしまう。
迷いは置いていく。
想いは連れていく。
ウィステリアは深く息を吸い、扉へ向き直った。
足取りは静かで、確かだった。




