【Scene08.5:レイン - Before the Storm】
**The Echo(記憶の残響)**北ブロックの準備室。
ロッカー列の金属扉が、重い音を立てて閉まった。冷たい照明が床のラインを白く縁取り、オイルと洗剤の匂いがかすかに残る。
レインはシャツの袖をたくし上げ、肩ホルスターへ手慣れた動きでナイフを収める。
鏡の前で、一度だけ呼吸を整えた。
──ヨル。
名がよぎった瞬間、手元の動きがわずかに止まる。
「……バカがよ。無茶して、巻き込まれて……」
吐き出した声は、怒りと情けなさ、そして焦りの混じった溜息に変わる。
弟分──そう思っていた。軽口も、背中合わせの任務も、“育てる側”のつもりだった。
けれど今は、“奪われた側”だ。
レインは腰のポーチを締め直し、扉の外へ視線を投げる。
「……あいつが、一番苦しんでんだよ」
ヨルへの怒りと、焦りと、そして──ウィステリアへの気遣い。
彼女の目は燃えていた。だが、燃えすぎれば、自分ごと焼き尽くしかねない。
「突っ走らねぇと信じてる。でも……」
それでも、目を離す気にはなれなかった。
レインは最後に、喉元に下げたリングペンダントを指で一度撫で、準備室を出る。
その背中には、冗談も軽口もなかった。
ただ、仲間を取り戻す意志と──
“ウィステリアの隣で戦う”覚悟だけが、静かに刻まれていた。




