【 Scene07:牙の檻】
重い玄関扉を、ウィステリアは乱暴に蹴り開けた。
高い天井の下、ステンドグラスの淡い橙が床に落ちるロビーの空気が、一瞬で張り詰める。壁の情報モニターが冷たく光り、カウンターの上でマグの湯気が細く揺れた。
レインとクロノはすでに待機していた。
だが彼女はふたりを一瞥もせず、まっすぐにカウンターの花瓶を蹴り倒す。
割れたガラス。床に散る水。滑り落ちる花弁。
ロビーの片隅、藤の鉢植えだけが動かず、影を長く引いている。
「……ッなんで、なんでヨルが──!」
クロノが一歩、静かに前へ出る。
「落ち着け。状況整理は──」
「落ち着けだと!?」
振り返ったウィステリアの瞳は、怒りと悲しみで真っ赤に染まっていた。
「目の前で!“弟”をさらわれたのに、私が帰還しろって言われて……!」
毒針の指輪が、カチカチと指の間で転がる。
「……躊躇ったんだよ。あいつ……殺せなかった。だから、連れて行かれた。なのに……!」
拳が壁を打つ。石膏が砕け、血が滲んでも止まらない。
「私が“連れて行く”って言ったのに……! 守るって、言ったのに……ッ!」
レインが、ゆっくりと歩み寄る。
「ウィステリア、今はお前が崩れたら──」
「崩れて何が悪い!!」
声がロビーの天井に響いた。
中庭へ抜けるガラス越しに、夜風がわずかにカーテンを揺らす。
「……はやく助けてやらないと……ヨル……」
その声だけは、震えていた。
押し殺した痛みが涙になって滲み、ウィステリアは顔を背けて唇を噛む。
クロノは静かにその横へ立つ。
「必ず、探す。手はもう打ってる」
ウィステリアは返事をしない。
ただ、震える背中を見せたまま、黙っていた。
その背に宿るのは――怒りではなく、責任と後悔。
沈黙の中、ロビーに響くのは彼女の呼吸と、かすかに震える拳の音だけだった。




