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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
2章 『姉弟』
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【 Scene07:牙の檻】



重い玄関扉を、ウィステリアは乱暴に蹴り開けた。

高い天井の下、ステンドグラスの淡い橙が床に落ちるロビーの空気が、一瞬で張り詰める。壁の情報モニターが冷たく光り、カウンターの上でマグの湯気が細く揺れた。


レインとクロノはすでに待機していた。

だが彼女はふたりを一瞥もせず、まっすぐにカウンターの花瓶を蹴り倒す。


割れたガラス。床に散る水。滑り落ちる花弁。


ロビーの片隅、藤の鉢植えだけが動かず、影を長く引いている。


「……ッなんで、なんでヨルが──!」


クロノが一歩、静かに前へ出る。


「落ち着け。状況整理は──」


「落ち着けだと!?」


振り返ったウィステリアの瞳は、怒りと悲しみで真っ赤に染まっていた。


「目の前で!“弟”をさらわれたのに、私が帰還しろって言われて……!」


毒針の指輪が、カチカチと指の間で転がる。


「……躊躇ったんだよ。あいつ……殺せなかった。だから、連れて行かれた。なのに……!」


拳が壁を打つ。石膏が砕け、血が滲んでも止まらない。


「私が“連れて行く”って言ったのに……! 守るって、言ったのに……ッ!」


レインが、ゆっくりと歩み寄る。


「ウィステリア、今はお前が崩れたら──」


「崩れて何が悪い!!」


声がロビーの天井に響いた。

中庭へ抜けるガラス越しに、夜風がわずかにカーテンを揺らす。


「……はやく助けてやらないと……ヨル……」


その声だけは、震えていた。

押し殺した痛みが涙になって滲み、ウィステリアは顔を背けて唇を噛む。


クロノは静かにその横へ立つ。


「必ず、探す。手はもう打ってる」


ウィステリアは返事をしない。

ただ、震える背中を見せたまま、黙っていた。


その背に宿るのは――怒りではなく、責任と後悔。

沈黙の中、ロビーに響くのは彼女の呼吸と、かすかに震える拳の音だけだった。



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