【Scene 02:牙の拠点と、藤の花の日常】
東京の東縁──北千住。
再開発の波から取り残された廃街区に、ギャング**牙**の拠点は隠されている。
かつてスクリーンに夢を映した劇場跡地は、今や命令と足音が反響する作戦基地だ。
擦れたポスター、割れたガラス、死んだネオン。だが、その奥で灯り続ける**記憶の残響(The Echo)**は、確かに生きていた。
天井の高いロビー。
上映時刻を知らせていた壁面には、情報モニターと拠点マップが整然と並ぶ。
客席の代わりにソファ、映写機の代わりに戦術端末。
薄い朝焼けを映すステンドグラスが、空間に淡い橙を落としていた。
藤の鉢植えだけが、劇場時代から残っている。
誰が置いたかは、誰も知らない。ただ、その根はすでにこの場所に深く喰い込んでいた。
ウィステリアは煙草に火をつけた。
烏羽色の髪は光を受けて微かに紫の艶を帯び、冷ややかな眼差しは静かに場を測る。
黒のレザーがよく馴染み、所作には無駄がない。美しさは飾りではなく、機能している。
──美しい。だが、その美は刃でもある。
「……またヨルが何かやったのか?」
「ちょっと冷蔵庫が騒がしいだけでーす!」
遠くでヨルの声。足音を忍ばせる気はない。
すぐにクロノの紅茶がこぼれる音がして、レインのため息が重なった。
火薬の匂い、甘い茶葉、タバコの煙。
騒がしく、うるさく、しかし体温の確かな空気。
それが、今のウィステリアにとっての“日常”だった。
彼女は立ち上がり、視線を巡らせる。
どこかで誰かが、今日も生きている──その実感だけが、この場所を“戦場”ではなく“家”に変えていた。