【Scene06.5:分析室、沈黙の灯】
**The Echo(記憶の残響)**の情報フロア。
通信が切れた端末の画面を、クロノは無言で見つめていた。
わずかに震える指先が、緊張を物語る。
呼吸を整え、椅子の背にもたれる。
静かな部屋。青白いライト、低く唸る冷却ファン。
ホログラムのマップが無機質に明滅し、甘い茶葉と電子の熱の匂いが薄く混じる。
モニターに直前の信号ログを呼び出す。
最後に記録された心拍、そして数秒だけ跳ね上がった異常波形。
「……ヨル」
クロノは小さく呟いた。
(……怖かったろ。)
──だが、臆しただけではない。迷いを飲み込もうとした“覚悟”の揺れがある。
目を閉じ、感情を押し込める。
──そして、ウィステリア…通信越しにも、噛み殺した怒りと震えが伝わった。
「あいつ……もう、自分を責め始めてる」
歯を食いしばり、指先でマップを素早くスワイプする。
「だからこそ……今は戻らせなきゃいけない」
ヨルの命は最優先だ。だが今、現場指揮として守るべきは、ウィステリアの“崩壊”でもある。
最悪を避けるための判断──帰還命令。理屈は正しい。けれど、胸の奥がわずかに軋む。
「……すまん。『弟を連れ戻す』って、言ってやれなかったな」
言葉にはしない。
だが、心の内には「誰よりも早く探し出す」という強い誓いが灯っていた。
椅子を回し、立ち上がる。ホログラムの層を組み替え、捜索プロトコルを起動する。
「次の行動データ、三十分以内に出す。レインのサポートも組み込む」
震えている暇は終わりだ。
クロノはすでに、次の一手を走らせていた──ウィステリアが、もう“迷わなくていいように”。




