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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
2章 『姉弟』
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【Scene04:出撃前の影】



夜が深まりはじめた頃、ヨルは物資室の端に立ち尽くしていた。

金属棚が並ぶコンクリ床。薄い非常灯と在庫端末の冷たい光。オイルと火薬の匂いが静かに沈む。


手には装備リスト。チェックは終えている。

だが視線は紙に釘付けのまま、動かなかった。


──殺す覚悟。


ウィステリアに言われた一言が、胸の奥で刺さり続けていた。


「俺、まだ……誰も殺してない」


肩に掛けた爆薬の重み。クロノから受け取った分析端末の冷たさ。

支給ナイフの切っ先が、蛍光の明かりを細くはね返す。

どれも今夜の“現実”を告げていた。


けれど、ヨルの中にはもっと前から決まっていた想いがある。


「だって、俺──あの人の隣に立ちたいんだ」


ウィステリアは、自分にとって“命”だった。

毒もナイフも、煙草の苦い匂いも、彼女を形づくる一部。

不器用で、冷たくて──でも、誰より優しくて、強い。

野良犬だった自分を拾い上げ、育ててくれた唯一の存在。


だから、どこにも行かせない。

自分だけが、その隣にいられるように。


「……俺が弱いままだったら、置いてかれる」


誰よりまっすぐ信じたい。誰より長く隣にいたい。

それだけが、ずっとヨルを動かしてきた。


震える手でナイフを握る。鞘に収める。

それが彼女の背を守るための武器なら──この手を汚すことも、間違いじゃない。


「……姉さんの“隣”、歩けるようになる」


小さく呟いた声は、物資室の暗がりに溶けた。

ヨルは立ち上がり、迷いをほんの少しだけ殺す。

装備リストを折り畳み、非常灯の下を抜ける。


その足音が向かうのは、裏手の出撃口。

誰より大切な“背中”が、その先で彼を待っていた。



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