【Scene04:出撃前の影】
夜が深まりはじめた頃、ヨルは物資室の端に立ち尽くしていた。
金属棚が並ぶコンクリ床。薄い非常灯と在庫端末の冷たい光。オイルと火薬の匂いが静かに沈む。
手には装備リスト。チェックは終えている。
だが視線は紙に釘付けのまま、動かなかった。
──殺す覚悟。
ウィステリアに言われた一言が、胸の奥で刺さり続けていた。
「俺、まだ……誰も殺してない」
肩に掛けた爆薬の重み。クロノから受け取った分析端末の冷たさ。
支給ナイフの切っ先が、蛍光の明かりを細くはね返す。
どれも今夜の“現実”を告げていた。
けれど、ヨルの中にはもっと前から決まっていた想いがある。
「だって、俺──あの人の隣に立ちたいんだ」
ウィステリアは、自分にとって“命”だった。
毒もナイフも、煙草の苦い匂いも、彼女を形づくる一部。
不器用で、冷たくて──でも、誰より優しくて、強い。
野良犬だった自分を拾い上げ、育ててくれた唯一の存在。
だから、どこにも行かせない。
自分だけが、その隣にいられるように。
「……俺が弱いままだったら、置いてかれる」
誰よりまっすぐ信じたい。誰より長く隣にいたい。
それだけが、ずっとヨルを動かしてきた。
震える手でナイフを握る。鞘に収める。
それが彼女の背を守るための武器なら──この手を汚すことも、間違いじゃない。
「……姉さんの“隣”、歩けるようになる」
小さく呟いた声は、物資室の暗がりに溶けた。
ヨルは立ち上がり、迷いをほんの少しだけ殺す。
装備リストを折り畳み、非常灯の下を抜ける。
その足音が向かうのは、裏手の出撃口。
誰より大切な“背中”が、その先で彼を待っていた。




