【Scene07:鎖をほどく手】
重い錠の音が落ち、扉がわずかに開いた。
冷たい白光が、刃先のように頬を刺す。
ウィステリアが先に滑り込み、レインが肩で隙間を広げる。
咲間は救急ポーチを開いたまま、視線だけで室内を一周。ヨルは端末を構え、アラーム系統を潰す準備に入った。
中央に簡易台。
金属の帯で手足を固定された男が横たわっている。赤い髪、銀の瞳。──カグラ。
点滴ライン、前腕の固定具、頭部の拘束輪。
側のパネルでは「投与準備」「洗浄手順」の文字が点滅していた。
「カグラ──!」
押し殺した声が零れ、アキラが踏み込んだ。
走る指先が、金具に触れて止まる。手が震えている。焦りと、恐怖と、間に合ったかどうかの境目。
「待って。順番を守りましょう。」
咲間が短く指示する。
「左手から外す。まず投与止。拮抗剤入れる」
ヨルが即座にパネルの投与ラインを切り、警告音を無音化する。
「アラーム、ループ。あと六十秒なら黙らせられる」
咲間が針を抜き、代わりの薬を押し込む。「胸、深呼吸して。来るよ──」
カグラの胸郭がひとつ、小さく跳ねた。瞼が震え、焦点が戻る。
「……アキラ?」
掠れた声。呼ばれた名に、アキラの喉が詰まる。
「俺だ。……遅くなった」
「来るなって……言っただろ」
言いながら、カグラは拘束輪に縛られた右手を、少しだけアキラの方へ寄せた。触れられる距離ではない。それでも“確かめる”みたいに。
アキラは固定具のロックを捻り、歯でベルトを外す勢いでひとつひとつ解いていく。
指先が荒れて血がにじむ。けれど止まらない。
「お前が頼れって言った“赤い雨”、ちゃんと降った」
アキラは笑おうとして、うまくいかずに息を吐いた。
「だから、帰るぞ。……一緒に」
カグラは目を細め、短く息を吐いた。
「バカ。捕まるって、分かってて来ただろ」
「お前を置いて行くほうが、よっぽど死ねる」
投げるような言い方だったが、声の芯は揺れていた。
カグラの口元が、ほんのわずか緩む。
「……なら、半分持て。重い」
「最初からそのつもりだ」
最後の拘束が外れた。
レインが扉側を押さえ、ウィステリアは背後の通路に目を配ったまま、短く間を与える。
「一分だけ。動けるようにして。出るよ」
咲間が素早く痕を圧迫し、包帯を巻く。「頭はどう?」
「大丈夫。……少し、うるさいだけだ」
カグラは額に指を当て、冗談みたいに言った。
アキラはその手を払いのけ、自分の掌を当てる。熱はある。生きている温度だ。
目が合う。言葉より先に、呼吸が揃う。
「来るなって言った」「来るに決まってる」
言い合いは数秒で終わる。代わりに、短い“うん”がふたつ重なった。
「立てるか」
「お前がいれば」
カグラが体を起こす瞬間、痛みに顔が歪む。声は出さない。訓練で覚えたやり方だ。
アキラが肩を入れ、重みの半分を受け取る。自然だった。昔からそうしてきたみたいに。
「帰るぞ」ウィステリアが合図する。
「ヨル、先導。レインは後ろ。咲間、カグラの脈と歩幅、見て。アキラは無理に引っ張らない」
「了解」
扉の向こうで足音が増える。遠くで警報の尾が吠える。
それでも、この小さな円の真ん中には、確かなものがあった。
アキラの腕の中で、カグラが低く囁く。
「……ありがとな」
「あとでまとめて聞く。今は歩け」
「命令するなよ、相棒」
二人の肩が触れ、体温が渡る。
“ふたりでひとつ”が、もう一度、ここから歩き出した。




