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Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
8章『檻の中の焔』
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【Scene07:鎖をほどく手】



重い錠の音が落ち、扉がわずかに開いた。

冷たい白光が、刃先のように頬を刺す。


ウィステリアが先に滑り込み、レインが肩で隙間を広げる。

咲間は救急ポーチを開いたまま、視線だけで室内を一周。ヨルは端末を構え、アラーム系統を潰す準備に入った。


中央に簡易台。

金属の帯で手足を固定された男が横たわっている。赤い髪、銀の瞳。──カグラ。


点滴ライン、前腕の固定具、頭部の拘束輪。

側のパネルでは「投与準備」「洗浄手順」の文字が点滅していた。


「カグラ──!」


押し殺した声が零れ、アキラが踏み込んだ。

走る指先が、金具に触れて止まる。手が震えている。焦りと、恐怖と、間に合ったかどうかの境目。


「待って。順番を守りましょう。」

咲間が短く指示する。

「左手から外す。まず投与止。拮抗剤入れる」


ヨルが即座にパネルの投与ラインを切り、警告音を無音化する。

「アラーム、ループ。あと六十秒なら黙らせられる」


咲間が針を抜き、代わりの薬を押し込む。「胸、深呼吸して。来るよ──」

カグラの胸郭がひとつ、小さく跳ねた。瞼が震え、焦点が戻る。


「……アキラ?」

掠れた声。呼ばれた名に、アキラの喉が詰まる。


「俺だ。……遅くなった」


「来るなって……言っただろ」

言いながら、カグラは拘束輪に縛られた右手を、少しだけアキラの方へ寄せた。触れられる距離ではない。それでも“確かめる”みたいに。


アキラは固定具のロックを捻り、歯でベルトを外す勢いでひとつひとつ解いていく。

指先が荒れて血がにじむ。けれど止まらない。


「お前が頼れって言った“赤い雨”、ちゃんと降った」

アキラは笑おうとして、うまくいかずに息を吐いた。

「だから、帰るぞ。……一緒に」


カグラは目を細め、短く息を吐いた。

「バカ。捕まるって、分かってて来ただろ」


「お前を置いて行くほうが、よっぽど死ねる」


投げるような言い方だったが、声の芯は揺れていた。

カグラの口元が、ほんのわずか緩む。


「……なら、半分持て。重い」


「最初からそのつもりだ」


最後の拘束が外れた。

レインが扉側を押さえ、ウィステリアは背後の通路に目を配ったまま、短く間を与える。


「一分だけ。動けるようにして。出るよ」


咲間が素早く痕を圧迫し、包帯を巻く。「頭はどう?」

「大丈夫。……少し、うるさいだけだ」

カグラは額に指を当て、冗談みたいに言った。


アキラはその手を払いのけ、自分の掌を当てる。熱はある。生きている温度だ。

目が合う。言葉より先に、呼吸が揃う。


「来るなって言った」「来るに決まってる」

言い合いは数秒で終わる。代わりに、短い“うん”がふたつ重なった。


「立てるか」

「お前がいれば」


カグラが体を起こす瞬間、痛みに顔が歪む。声は出さない。訓練で覚えたやり方だ。

アキラが肩を入れ、重みの半分を受け取る。自然だった。昔からそうしてきたみたいに。


「帰るぞ」ウィステリアが合図する。

「ヨル、先導。レインは後ろ。咲間、カグラの脈と歩幅、見て。アキラは無理に引っ張らない」


「了解」


扉の向こうで足音が増える。遠くで警報の尾が吠える。

それでも、この小さな円の真ん中には、確かなものがあった。


アキラの腕の中で、カグラが低く囁く。


「……ありがとな」


「あとでまとめて聞く。今は歩け」


「命令するなよ、相棒」


二人の肩が触れ、体温が渡る。


“ふたりでひとつ”が、もう一度、ここから歩き出した。



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