【Scene03:夜の支度】
装備庫の灯りは低く、温度だけがやわらかかった。
金属の匂い、オイルの線、乾いた布の手触り──ここは、戦いに出る前の“家の台所”みたいな場所だ。
「前衛は俺とウィステリア。開口はヨル、後衛制圧と救護は咲間」
レインが短く確認すると、咲間が頷いて救急ポーチを肩に回す。
「突入信号は三短音。監視網が落ちるのは六十秒。戻りは東搬入路を逆走、クロノの誘導に乗る」
ウィステリアは手袋の面ファスナーを締め、最後に小さく深呼吸した。
ヨルは膝立ちで工具を並べ、簡易ヒンジカッターと無電起爆の小型パックをケースに収める。
「……よし、鳴らさず開けるの、まかせて」
「過信は禁物。けど、信頼してます」
咲間がやわらかく笑って、ヨルの肩紐を一段短く整えた。
「糖分、切らすな」
アリステアが無言でチョコを三つ、ヨルのポケットに滑り込ませる。
「はは、了解。帰ったらちゃんと返す」
「返さなくていい。戻ってきた顔を見せてくれれば。」
アリステアの言葉に、ヨルは照れたように頷いた。
装備庫の入り口で、ミトが小さく立っていた。
ブランケットの端を指でつまみ、そっとヨルのもとへ来る。
「……これ、リボン。ほどけない結びかた、教えてもらった」
差し出されたのは、金木犀の色の細い紐。ヨルは笑って、起爆ポーチのタグに結んだ。
「ありがと。これ、帰り道の目印にする」
「……うん。ぜったい、ほどけない」
ふたりのやりとりを見て、レインが視線だけで「行くぞ」と告げる。
クロノの声がイヤピースに落ちた。
「到着次第、外周カメラ、ジャミング開始。搬入路までの誘導、点灯」
縁がウィステリアに近づき、掌に薄い金属片を置く。
「旧式のアナログキー。電子錠が拗ねたら噛ませろ。……帰りの分も残しとけよ」
「借りるだけ。必ず返す」
ウィステリアが短く答えると、縁は視線を逸らして柱にもたれた。
ボスが最後に扉脇で言葉を落とす。
「合図は俺が聞く。戻りの先頭はミトの寝顔だ。忘れるな」
「了解」
四つの声が重なる。
ヨルが一拍遅れて、ウィステリアの横に並んだ。
「……今度は、俺が守るよ。姉さん」
「じゃあ、私も守らせて。……うちの牙だろ」
短いやりとりに、咲間が目を細め、レインが口元でだけ笑った。
扉が開く。
夜の匂いが流れ込む。
家の温度を背に、四つの影が静かに溶け出した。




