表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Tokyo Dusk  作者: 藤宮 柊
7章『白い器』
134/159

【Scene 19:脱出】



「別に組を裏切るわけではない。……独り言だ」


その一言に、ウィステリアは目を細め、レインは口の端をわずかに上げた。


「──位置を教えて」

ウィステリアの短い指示に、カグラは壁面の一点を顎で示す。


「左奥の配管の継ぎ目。支柱を二つ越えた裏、保守シャフト。……内部は狭い。屈んで進め」


「俺が先行します。狭所です、列は崩さず接触なしで」

咲間が即答し、前に出る。


「了解」

レインが短く返し、殿に回る。ウィステリアは眠るミトを抱え、そのすぐ後ろへ。ヨルはふり返り、最後尾を確認するように声を落とした。


「……来ないの?」


アキラは俯いたまま、拳だけが微かに震えている。

カグラは、ヨルにではなくアキラに視線を置いたまま、淡く笑った。


「俺たちは残る。……お前たちは“クロウを倒して正面から離脱した”。記録はそうなる」


ウィステリアは指先で薄い黒のイヤーカフを弾き、アキラの掌に落とした。


「困ったら、これで呼べ。牙の臨時回線。合言葉は『赤い雨』」

「一度だけ、三十秒。使い切ったら折って捨てて」


ヨルが短く付け足す。「片道仕様。盗聴はされない」


カグラは静かに頷いた。

「……借りた。ウィステリア、レイン、ヨル、咲間…名前、覚えておく。……ありがとう。俺達のことを気にかけてくれて」


カグラが静かに言い、壁板の隙間に指を掛ける。

重い金属が擦れる音――シャフトの口が現れた。


「皆さん、俺の後ろを」

咲間が身を滑らせ、ウィステリア、ヨル、そしてレインが続く。

レインが最後に振り返ると、カグラは入口の縁に手をかけ、アキラの側に立ったまま目を伏せた。


「……もう、いいんだ」

カグラの小さな呟きに、返事はない。だがアキラは、もう目を逸らしてはいなかった。


シャフトの蓋が音もなく閉じる。

薄闇の抜け道を、四つの影が静かに進む。呼気と衣擦れだけが、狭い空間に淡く残る。


足音が遠のき、再び静寂。残ったのは、崩れた烏の黒と、二人分の影だけ。

迫る隊列の規則正しい靴音が、廊下の向こうで反響する。


アキラの拳が、かすかに震えた。

カグラはそれを見ようともせず、ただ前を見た。


──闇の縁で、光へ向かう者たちの背を。

二つの影は、黙って見送っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ